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温泉

「バッテリーがあんまり無いですね」

「……忘れてたわね」


 準備を整えたと思ったら、出発早々に一番肝心なものを忘れていた。


「充電式って効率悪くないですか?」

「予備のバッテリーパックは持ってきたわよ。それにこんな状況なんて想定してないし」

「まあ、そうですね。でも、ガソリンとかで動かすことは考えなかったんですか?」

「静音性が悪いからダメよ。排ガスも発生するし。テロ対策での室内運用も設計要件に上がってたし」


 お互い現実を直視したくないので横道に逸れた話ばかりしている。しかし、一応の目処を付けておかないといけない。ミミズが現れて生身で戦うとかは考えられないし考えたくない。ただ、遭遇することもあろうかと武器を手にしている。俺はMK16で、夏木さんはM2重機関銃だ。


「夏木さん。1時間程度戦うとしたらバッテリーはどれぐらいあれば足りますかね?」

「……フルパワーで運用するとして20%を切ったらマズイわね。肝心な時に動かなくなったら目も当てられないし」

「じゃあ、3割を切ったら安全を確保してそこで充電しますか。周囲警戒のためにレーダーも活かしながらだから充電に時間もかかるでしょう? 予備のバッテリーにはなるべく手を付けないで行きましょう。」


 夏木さんの了承を得られると川沿いを歩いて行く。この場所を歩くのは三度目なので慣れたものだ。周囲を見渡す余裕がある。平坦部を歩いていると藪が凄く歩きづらいが、不自然なものが生えていたりする。

 俺がそれをマジマジと見ていると夏木さんが声を掛けてきた。


「どうしたのよ? 突然止まったりして」

「……枇杷が生えてる」

「だから? どうしたの?」


 俺は枇杷の木を見上げる。3本だけが密集して生えており周囲には見当たらない。


「確か枇杷は寒いところは弱いはずです。ここに生えているのはおかしいかなって」

「だから何よ?」


 夏木さんが腕を組みながらイラッとした口調になっている。


「冬に霜が降りるような場所には向かない樹木なんです。誰かが植えない限り。でも、剪定もなにもしているわけでもないし野生化してるようですね。つまり、昔、ここは誰かが住んでいて植えたんですよ。庭か何かだったんじゃ無いですかね」

「……その昔っていつぐらいのこと?」


 夏木さんのイライラが止まり、考えこむように慎重な口振りになった。


「残念ながらいつかは分かりません。この木は10m以上ありそうですし周囲を見ると朽ちた枇杷の木の根っこが転がってますね。世代交代が色々あったんだと思いますよ」


 枇杷だと思われる朽木に手を掛けて樹皮を剥がすよに割っていく。


「おっ。いるいる。結構いるな」

「な、何してるの」


 TAHSを脱いで朽木に取り付きごそごそとやっていると、夏木さんが俺の手元を覗きこんできた。


「キャッ! 何それ」


 俺が手にしているのはカミキリムシの幼虫でテッポウムシと言われている白い芋虫だ。ぶら下げるようにつまみ上げて夏木さんに見せる。


「ななな、ち、ち、近寄らないで!」


 夏木さんがTAHSの姿で手を前に出して怖がっている姿は、なんとも滑稽だ。B級映画のコメディを見ているかのようだ。

 俺は肩を竦めるとテッポウムシを集めて袋に入れ、再度出発した。


「大漁大漁。6匹もいましたね。俺が小さいころクワガタやカブトムシよりもカミキリムシが好きだったんですよ」

「貴方それをどうするわけ?」

「ふふっ。お楽しみです。カミキリムシ格好良いですよね。あの強そうな顔がたまらんです」



 一度休憩した場所に出た。

 ハヤを釣った場所だ。ここから少し離れると小さな池がある。


「ちょっと休憩しましょう。腹も減ったのから、なんか食べないとキツイです」


 朝飯も食べていないし、ずっと動きっぱなしなのでしんどくなってきた。二人共TAHSを脱いだ。


「夏木さんは枯れ枝を拾ってきてもらえないですか? 俺は食料調達してきますから」


 俺は軍手を夏木さんに渡そうとしたが、手を後ろに組んで受け取ってもらえない。


「嫌よ」

「えっ? その辺の流木とかで構わないですよ?」

「違うわよ。それさっき芋虫掴んでたでしょ。そんなもの使えないわ」


 俺は一瞬何を言ってるのか理解できなかったが、ため息をつくとバックパックから革の手袋を渡した。夏木さんはじっと革手袋を見ていたが、諦めたのか手に取り周囲を見渡し始めた。


 俺は池と言うか水溜りの大きな所に歩いて行く途中でガサガサっと草がこすられる何かが動くような音が聞こえた。身構えるてTAHSの端末を見るがレーダーには動物の影はない。

 ゆっくりと音がした方に近づいていくと、逃げていくようにガサガサと音がする。

 姿が見えたと思ったら俺はダイブするように飛びつき捕まえた。


「よしっ。これはこれは」


 15cmはありそうな大きなウシガエルだ。これは今年産まれたやつではなさそうだな。

 足を持ってフルスイングして石に叩きつける。絶命したウシガエルは口から汁的なものをだしている。カエルの足を紐で縛って肩からぶら下げておく。


「次の獲物は何かね」


 池を見渡した。少し濁っている。


「池といったらアレだよな」


 その前にウシガエルを捌くことにした。カエルの腹を上向きに置き、皮に傷をつけ、皮だけ縦に切り裂く。その後は服を脱がすように皮を剥いでいくと綺麗に剥げる。頭の部分は少し剥がしにくいが。カエルの皮は弾力性があり、引っ張るとビヨーンと伸びるが気にせずに引っ張る。この時、皮の体液が目に入らない様に気を付ける必要がある。

 カエルの皮には毒腺があり、肌につくとただれたりするので皮を剥いだ後は手を綺麗に洗う必要がある。

 皮を剥ぐとピンク色の筋肉が現れて、あのカエルの毒々しい感じは薄れる。あとは腹を掻っ捌き、内臓を取り出してお終いだ。

 カエルの捌き方で頭を落とすやり方と、そのままにするやり方があるが俺は後者をオススメしたい。カエルは美味しいが食べる身が少ない。そこで頭を入れて煮だすと良い出汁がでるのだ。


 カエルの内蔵を取り出して細かく切る。その細かく切った肉片を糸に縛り垂らしておく。その仕掛けを数箇所取り付けて放っておく。

 その隙に野草を採取することにした。


 サワオグルマが群生しているので摘んでいく。


「こればっかりでも芸がないし美味しくないよな…… おっ、これは(セリ)かな」


 芹は似た外見の毒芹(ドクセリ)があるので注意が必要だ。葉っぱを千切ってみるが黄色い汁が出てこないし変な臭いもしない。念の為に引っこ抜いてみる。


「節は無しっと」


 芹は普通の根っこをしているが、毒芹の場合には太くて筍のように節があるので見分けやすい。

 池の中には(ガマ)も見つけたが残念ながら穂はまだつけていないようだ。


 仕掛けてあった仕掛けを手繰ってみる。5本のうち3本手応えがあった。引き上げてみると5cmほどの小さいザリガニが掛かった。


「時期的にまだ小さいな……」


 残念ながら俺はリリースはしない。お前達を食ってやるぞ。

 そんな執念を感じたのか結局捕れたのは2匹だけだった。




 1時間半ぐらい池の周りで食物採集に励んでいたのだろうか。自給自足生活とは、げに時間がかかるもんである。

 夏木さんの元に戻ると体育座りで待っていた。薪集めを頼んでいたはずだが腕の太さの流木が数本あるだけだ。

 ジロッと夏木さんの顔を見ると不満顔をしている。


「なによ」


 ……あまり夏木さんに期待するのは止めよう。

 こんな太い枝だけ集めてきてどうするつもりなのだろう。細い枝とかも一緒に運んでくる機転ぐらい効かせてもバチは当たらないはずだ。こういった知識は全くなさそうなので丁寧に教えない俺も悪いと思うが。


 ヤブの中に入り細い枝を拾っていく。

 (かば)の木があったので樹皮を剥ぐ。縦にナイフを当て刃の峰を棒で叩く。同じように水平方向に切れ込みを入れると綺麗に剥がれていく。樺の樹皮は油を含んでいて燃えやすい。松も燃えやすいのだが、採取の容易さで言えば樺の木だろう。杉の葉も良く燃える。


 樺の樹皮を火口にしてファイヤースターターで着火する。火花が飛び散り小さな炎が立ち、次第に大きく燃えていく。その上に細かい枝をのせて大きな木に火を移していく。


「な、何よそれ」

「カエルですけど」


 先程取ったウシガエルを煙が当たるように吊るし燻すようにする。夏木さんは気味悪そうに見ているが何も言わない。今はカエルを食べないので保存食にしておくつもりだ。


 飯盒に水を入れてお湯をわかす。ざく切りにした芹を放り込み適度に湯がく。しんなりとしたら取り出し、味噌、砂糖、焼酎を少し入れて和える。芹の味噌和えが出来た。


 一方では飯盒の蓋を火にかけごま油を引く。


「ちょ、ちょ、ちょっと貴方バカじゃないの」


 突然奇声を発しだした夏木さんにビックリする。


「なんですか。火を使ってるのに危ないですよ」


 俺がテッポウムシを入れた袋を手にしつつ注意する。

 夏木さんは手を前に出して逃げ腰になるが、構うのが面倒くさいので無視して調理を進める。

 袋を覗くとテッポウムシがしたと糞が転がっている。調度良く内蔵も綺麗になったのかも。それを熱した飯盒の蓋に乗っける。ジュッっといい音がしてこんがりと焼けていく。コロコロと転がしながらテッポウムシの皮が少し茶色になったところで塩コショウを振った。


 芹の味噌和えとテッポウムシを半々にして夏木さんに渡そうとするが受け取ろうとしない。

 いい加減このやり取りが面倒なので芹の味噌和えがだけを渡した。

 芹の味噌和えは少し物足りない。本来は味醂やゴマなんかがあると更に美味しくなると思う。だが、芹の青臭さがほんのり甘い味噌と合い、無性にご飯が食べたくなってくる。

 テッポウムシは表面が少しカリッとして芳ばしい。中からはトロッとした味わいの濃厚な油が溢れ出てくる。仕上げに振った塩と交じり合い、舌の上を伝わり喉に落ちていく。


「……美味いな。ビールが飲みたい。コーラでもいいや」

「貴方よくそんな物食べる気になるわね。見てるこっちが吐きそうになるわ」


 個人によって趣味嗜好が違うので無理強いはしない主義だ。ただ、殆ど碌なものを食べていないのは気になる。気にはなっても食物を得るのに時間が掛かるので今は我慢してもらうしか無い。



 それから2時間ほど歩くと最初の中継地点に到着した。地図上では温泉があったとされるところだ。目的地のT市の中心部に行くには川を下っていかなければならないのだが途中の支流を遡って行った。夏木さんも温泉の響きに誘惑されたようで文句も言わずに付いてきた。

 ただ、登りでバッテリーを食ったようでかなり消耗してしまった。


「夏木さん。温泉跡地辺りまで頑張ってください。そこで一泊しましょう」

「……」


 バテてるようだ。ろくすっぽ食べてないからしょうがないね。





「この辺りの筈ですけど…… 見当たらないですね」

「ちょっとまって」


 夏木さんはコンソールをいじり始めた。

 やっと辿り着いたが、案の定、温泉宿の痕跡も感じられない。鬱蒼とした木々に囲まれた場所だ。なんとなく徒労感に(さいな)まれる。

 夏木さんが振り向き一点を見つめ始める。


「……反応があるわ」

「反応? なんですか?」


 夏木さんがその地点に大股で歩くとピタッと止まった。足元には水溜りがあり、湯気が出ている。


「これってもしかして?」

「そう! 温泉よ!」


 夏木さんが今まで無いくらいの声を出してきた。こんな可愛い声をだせるなら最初から出して欲しい。

 なんでも、TAHSの熱源探知で突き止めたらしい。無駄に贅沢でハイテクな使い方だ。

 俺はその場所をスコップで少し掘るとどうにか浸かれる大きさの穴が出来た。今は濁っているが源泉からこんこんと湧き出ているので暫くすれば透明度も上がるだろう。


「じゃあ、今日はここに逗留しますか」


 俺達はTAHSを脱いだ。

今話は一話に繋がります。


※ファイヤースターター

 現代的な火打ち石。メタルマッチとも言う。棒状になった火打ち石をストライカーで擦ると火花が飛び散ります。この火花は3000℃になるとも言われています。最初に使うときには火打ち石の酸化した皮膜をストライカーで削り落としてから使います。ストライカーはナイフの峰でも代用が効きますがお勧めはしません。峰が駄目になったり、火花でナイフが酸化したりします。専用のストライカーを使うことをおすすめします。

 また、マグネシウムが付属している物もあり、削り落として使うと火勢が強くなります。一瞬にして燃え尽きてしまいますが、雨の日や湿度の高い日には効果的です。

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