出発
「……脱ぎたくないの」
TAHSを着込んでいる夏木さんの声が外付けのスピーカーから聞こえてきた。
朝目覚めて夏木さんを見ると、あいも変わらずTAHSを着たままの夏木さんが座っている。いい加減飽きないのだろうか。ミミズがいるかもしれない外の空間にでる恐怖感は分かる。モニター越しに見ているだけで現実感が薄れるからね。ただ、俺は閉所に押し込められている感覚は好きになれない。
「そんなこと言わないで下さいよ。変な生き物が出てきてもレーダーで知らせてくれるでしょ? 大丈夫ですよ。碌に食事も取ってないじゃないですか。さあ、出てきて下さい」
逡巡するかのように身動ぎして暫く経つと、プシュッと音がしてTHASの前部が開き夏木さんが出てきた。ゲッソリした顔が痛々しい。
俺はチャイを入れた。朝イチのチャイは良い。温かさと活力を与えてくれる。一口飲むと胃が動き始めたのかお腹が空いてきた。
「さてと、第一回方針決定会議~ パチパチパチ」
夏木さんが軽蔑するように見てきた。もっと平素な環境だったら興奮したのかもしれないが、生憎とそんな気分になれない。
……もとよりそんな性癖はないが。
「今後はどうしましょうか。俺達は迷子状態で俺の雇い主は死亡。会社もあるかどうかもわからない。夏木さんはどうしたいですか?」
「……貴方は?」
質問を質問返しで答えられるとイラッとする。昔、コンビニのバイトの後輩にやられてウンザリした記憶が蘇ってくる。
「そうですね。俺は腹が減りましたね。飯の心配をしたくないのと身の安全を確保したいですね。そこで夏木さん、選んで下さい。一つ目、ここで救助を待つ。二つ目、どこかの集落を探す。三つ目、ここでお互い別れて行動する。どうします?」
「……」
夏木さんは考えこんでいるようなので、自分の荷物を整理した。着替え一式がベンツのトランクに入りっぱなしだったので取り出す。山篭り一式が入っているバックパックには入りきらないのでどうやって整理するかが問題だ。今後、人が生活している環境に遭遇できない場合も考えうる。
もし、夏木さんと別れて行動することになればTAHSはどうするのか。退職金代わりに1体持ってってもいいのかな? しかし、メンテナンスできないので置いていくしかないだろう。トレーラーに積んであるTAHSの装備品の小銃なんかは貰えると助かるな。
アスファルト舗装の上に店を広げながら考え込んでいると夏木さんが声を掛けてきた。
「一緒に行くわ」
「いいですけど…… どこに行きます?」
ここで拠点を作るのも良いのかもしれないが、あまり先は無い。人を探して救助を得ることが正解だと思う。
でも、あんな巨大ミミズが跳梁跋扈しているかもしれない場所でどこで生活を営んでいるんだろうか? 環境が変わってもコンパスを見ても星空を見ても緯度経度は変わらなさそうだし、都市圏にいけば何か解るかもしれない。
「そうだわ。あれを使えば……」
夏木さんがトレーラーに歩き出し、何かを引っ張り出してきた。
「なんですか? それは」
細長い弁当箱のような黒いモノを手に持っている。
「これはTAHSの装備品の一つの|UAV《Unmanned aerial vehicle》。簡単に言えば回転翼機のドローンよ」
夏木さんはTAHSの左肩に装着して、遠隔操作用の端末を操作すると弁当箱が変形して回転翼が現れ空高く飛んでいった。
「……最初っからあれを使って自衛隊を探せばよかったんじゃないですかね?」
「うるさいわね。気が動転してて忘れてたのよ。それに航続距離も時間もそれほどじゃないしね」
TAHS付属のドローンは4つのローターが付いていて小回りが効くがGPSが機能しないところでは精密な調査がし難いそうだ。また、航続距離も半径5kmと電動ドローンにしてはかなりの水準にあるが、今の状況ではそれ程、役には立たない。勿論、上空から視認できるので闇雲に動きまわるよりは良いのだが……
「……人工物も農場も発見できないわね」
「まあ、川沿いに歩いて海まで行ってみますか。このまま川を下っていけばT市役所まで出るはずです。 ……この場所が元の場所であればね」
道路マップを睨めっこしながらルートを検討する。途中にK渕温泉と書いてある。
――温泉入りたいな。別にあてがあるわけじゃないし少し経路を外れるだけだから寄ってみるか
「TAHSの備品はできるだけもって行きましょう」
夏木さんの声に振り向くと何時の間にか着替えている。しかもつなぎになっていてあの美味しそうな太ももが見えなくなっている。
「……なにジロジロ見てるのよ。気持ち悪い」
毛虫でも見るような目つきで見られる。
「その格好は?」
「動きにくいでしょ? TAHSのメンテナンスをする時の格好で丁度いいのがこれしか無かったから」
「ふーん。夏木さんメンテナンスも出来るんだ」
気分が大分晴れてきたのか軽口を聞きながらTAHSの備品を決めていく。TAHS専用の背嚢があるようでかなりの容量を持っていけそうだ。火器などを重点的に持って行くことにした。
「TAHSの交換パーツはあまり持って行けないわね」
「そうですね。ここに置いておいて必要になったら取りにきたらどうですか? 鍵を掛けておけばそうそう盗まれないでしょ? 人も来ない場所だし」
「そうね。 関節部分のパーツだけでもあれば大分保つわね」
こうしてT市市役所を当面の目的地とし行動を開始した。
※ドローン
この作中では自律する無人航空機で最近目にするディスク状の回転翼のヘリコプターのようなものです。TAHSも端末で自律して無人運用できるのでドローンといえばドローンなんですが。
※T市
G県T市は架空の都市です。モデルは某関東のはずれで自衛隊演習場もあり、温泉もあります。その温泉の西側を走っている県道沿いのゴルフ場近くで飛ばされています。




