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休憩の後

 社長達と合流して善後策を考えなくてはならない。色々不思議なこと、腑に落ちないことがあるし、怪我をしている岩田さんの様子も気になる。気は急くがバッテリーを保たせるように急がずにエコノミーモードで歩く。

 川沿いに歩いているが、行きに飛び降りた崖が見えたので迂回することにした。


「ジャンプしてあそこまで届かないの?」


 俺は崖の上を指さす。


「……200kgの重さを10m上方に飛ばすのにどれだけのエネルギー量を放出するか分かってるの?」

「そんな小難しいことは知りませんよ」


 夏木さんにメカの話を振るのは面倒なだけだな。ただ、思わず口から出てしまうこともある。


「こんな森林の中や藪漕ぎするときはこのスーツは邪魔なだけだな。表面積が増えるから小回りが効かないし、枝に引っかかる」

「ご意見として参考にさせていただくわ。その分、力で押し通れるでしょ」


 そんな問題でも無いような気もするが……


「しかしさっきからレーダーにちらちらと映る鹿が多いこと。いつからこんなに野生動物が増えたんだろう。人間が間引きしないとすぐに増えちゃうんだよね」

「鹿を間引きって?」


 夏木さんは興味を引かれたのか聞いてきた。


「鹿の天敵がいないからね。昔は捕食者であるニホンオオカミがいたからバランスが取れてたみたいだけど……」


 フッと気付いた。鹿が増えたのは人間がいなくなったか、または人口が非常に減ってしまったかだ。それと平地を歩いている時にはあのミミズの反応がそこそこあった。鹿も草原がある以上、平野で群れをなしてもいいはずだが見かけなかった。

 鹿の生体反応があっても判定できなかったからか? 平地ではあのミミズが捕食者なのか? 山岳部に入るとミミズを見かけないのは?

 うーん。良く分からなくなってきた。

 ごちゃごちゃになった思考をそのまま夏木さんにぶつけてみた。


「……と思うんだけど、どうだろう?」

「そうね。つまり貴方はあの化け物は平地にしかいなくて、山には生息してないかもしれないってことね」

「そうそう」

「それだけで判断するのは危険よ。油断すべきではないわ」


 俺は手に持った槍を振る。


「だからこれを持ってですね。油断なく構えてるわけですよ」

「……さっきから思ってたんだけど酷く馬鹿っぽい格好よ。私のTAHSの品格が落ちるから辞めて欲しいわ」


 まあ、俺もこれが役に立つとはあまり考えていないけどね。お守りみたいなもんですよ。ただ正面から馬鹿って言われるとちょっと凹む。


「さあ、馬鹿なこと言ってないでさっさと行くわよ!」


 また馬鹿って言ったよこの人。ブサイクに言われるのは腹が立つが、美人に言われるとボディーブローを食らったように地味に効く。僕ちゃんハンカチを糸切り歯で引っ張りながら泣くぞ。



「さっきも言ったけどさ」

「なによ」


 夏木さんの声が固く聞こえる。インカム越しだからか、それとも地なのか。


「人間の数が少なくなったのかもって話ですよ。元々、異変が起きる前からこの周辺は田舎の山間部ですからあまり人はいないんですけどね。さすがに林業従事者とか登山者とかが山に入ってくることは珍しくないんですよ」


 夏木さんは黙って聞いている。


「それで、ここまで歩いてきたわけですが、人がいた痕跡が全くないんですよ」

「全くない……」

「えぇ、俺達が歩いてきた場所で少なくとも1、2年は手が入ってないですね。本来、植林地帯の筈なんですが、この鬱蒼(うっそう)とした感じは管理者がいなく、天然林になっていますね」

「何が言いたいのか分からないんだけど」

「つまり、人はいないです。少なくともこの地域一帯には」


 会話は途切れ夏木さんは黙々と山道を登っていく。



 迂回して先程指差した崖の上に辿り着いた。藪漕ぎしながら歩いていたのでこの間を歩くだけで2時間は掛かっている。川沿いを歩いていけないと時間ばかりかかってしまう。


「……コーヒー」

「えっ、何?」


 ずっと黙っていた夏木さんが唐突にボソッと呟いた。


「コーヒー飲みたい」

「そう言われましてもそんなの無いんですが……」

「朝に飲ましてくれたじゃない。アレでいいわ」

「タンポポコーヒーですか? 文句言ってたじゃないですか」

「仕方がないでしょ。残ってないの」


 この女に振り回されるのもウンザリしてきた。社長のところまで送り届けたら、お守りは社長にしてもらおう。


「……休憩時間にしましょうか。歩きづめでしたし」


 TAHSを脱いで焚火の準備をする。朝食も少なかったし腹が減っているので、少しだけ残った行動食で誤魔化そうと思ったが……


「夏木さん! なにボリボリ食べてるんですか!」

「お腹減ったのよ」


 ちょっとだけバツの悪そうな顔をしている。


「……俺の分も残しておいて下さいよ。あと夏木さんも働いて下さい。枯れ木を集めるぐらい出来るでしょ?」

「私はエンジニアです。そんなことを出来るわけ無いわよ」

「……っ!」


 確かにタイトスカートとヒールを履いた格好でできることは少ないので、怒鳴りつけたいところをグッと我慢する。

 ため息をつくと、お湯を沸かし始める。待ち時間でジップロックに入れておいた昨日捌いた魚の内臓を取り出す。内蔵を少し切り取り、釣り針に付け糸は川の側に立っている木に結びつける。何箇所かに設置すると焚火の側に戻った。

 朝と同じようにタンポポコーヒーを淹れた。


「ミルクと砂糖は入れますか? ブラックよりは酸味が落ち着きますし、カロリーも補給できますよ」


 俺はペットボトルに入れてあるミルクパウダーとザラメを両手に持ち、振るように見せた。


「貰うわ」


 少しずつ入れると、俺も自分のコーヒーにスプーン1杯ずつ入れた。コーヒーを一口含むと砂糖の甘みが疲れた体に染み込んでいく。ミルクパウダーに含まれている脂肪分が酸味を包むように抑えられ、随分と飲みやすくなっている。


「美味しいわね」


 夏木さんが両手でカップを包むように持っている。大分疲れたような顔をしている。まあ、それもそうだろうな。デスクワークでほとんど体も動かしてなさそうだし。


「あと2、3時間も歩けば社長と合流できますね。頑張ってください」


 俺は夏木さんを励ますように言うと、仕掛けを見に行った。



 ――おっ! 一箇所だけ掛かってる。


 引き上げると22〜3cmの魚ががかかっている。


「これはイワナか。……ちがうなサクラマスか」


 一匹だけでも腹の足しにはなるか。

 マスの頭を木に軽く叩きつけて絶命させる。軽く鱗を落とすようにナイフの背でシゴキ、マスの背を持ち、腹を上にする。親指をグイッとエラに入れると捌きやすくなる。マスの肛門からナイフを入れて腹を捌いていく。内蔵を取り出し川で洗い、落ちている棒を口からS字状に突き刺した。


「一匹だけですけど釣れましたよ」


 俺は焚火に戻り、塩を振りかけて火にかざす。パチパチと火が爆ぜている横で、魚をくるくると炙っていく。


「いいですか? 先に食べていいですが半分だけですよ!」


 黙っていたら全部食べそうだったので俺は強めに言った。


「分かってわよ」


 夏木さんは串の両端を持ちながら(ついば)むように食べていく。

 俺は食べている間に河原沿いに用を足しに行った。


「遅かったわね」

「ちょっと良いものを見つけたんでね」


 俺はジップロックに入れた赤い実を見せる。


「……なにそれ」

「これは野いちご。正式にはクサイチゴって言うのかな? まだ時期が早いからか熟してるのは少なかったけど」


 夏木さんに半分手渡す。真っ赤で1cm大の大きさの野生のいちごだ。

 口にすると口が曲がりそうな酸っぱさと微かな甘さがあった。半分残してある魚を頬張りつつ、夏木さんを見ると顔をしかめている。


「どうですか?」

「……酸っぱいわね。だけどちょっと癖になりそうな」

「本当はもう少し熟れてるとちょっとだけ甘くなりますね。砂糖を入れて煮詰めてジャムにしたりもします」


 あまり量は無いがこの酸っぱさを疲れた体が欲してるのか、どんどん喉を通って行く。


「もう一息ですね」


 俺は焚火を始末して準備をする。俺も夏木さんも先が見えない状況を確認するのが恐ろしく、その先の話題を口にすることはなかった。

 ただ、怪我をしている岩田さんや皆の状況が気になり急き立てる。




「この辺ですね」


 周囲を見渡す。レーダーを見ると2km先に影が映し出されている。


「2つの点と…… 細長い影?」


 視線を先に伸ばすとガードレールらしきものが見えた。

 その時、ダダダッと爆音が山間部に響き渡る。


「あれ何ですか!?」


 思わずびっくりして立ち止まる。


「……あれは銃声よ! どうしたのかしら!」


 夏木さんが慌てたように走り始めた。 

※行動食

 山登りなどをする時にエネルギー補給をするために歩きながら食すものです。人によって違うのですが、本作主人公は詰めているのはドライナッツ、ドライフルーツ、ブドウ糖タブレット、男梅などです。建前はエネルギー補給ですが、ナッツ、フルーツなど消化吸収のプロセスを踏むと登山中には筋肉までエネルギー源は到達しません。

 その点、ブドウ糖タブレットはダイレクトに効きます。即効性のあるグルコースそのものです。また男梅(干し梅)は塩分の補給とクエン酸(入ってるはず)による疲労回復効果が見込まれます。

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