警告音
ピー! ピー ! ピー!
何か電子音が聞こえてくる。
ツェルトの中で銀マットを敷き、シェラフにくるまってるところを起こされた。寝ぼけていた意識が戻るとその電子音に驚いて外に飛び出る。
確か外には見張番をしている夏木さんがいるはずなのだが……
「寝てやがる」
グランドシートを敷いているとはいえ、地面の凹凸でゴツゴツしているところで転がりながら寝落ちしている。余程疲れていたのだろうか。足が崩れてパンツが見えたのは内緒だ。
それよりも電子音の方が重要だ。電子音はTAHSをコントロールできる外部端末から発せられているようだ。
「おい! 起きろ!」
夏木さんの耳元で怒鳴ると、寝ぼけ顔で飛び起きた。
「この警告音は何だ?」
俺は端末を見せると、夏木さんはハッっとし顔が強張る。
「なんかが近づいてきてるわ。しかも……12体も」
「何だよ? あの例のミミズか?」
夏木さんは少し考えて首を横に振る。
「いいえ。違うみたい。……なんかの動物?」
「まあいい。あのロボットに乗って近づいてみるか」
返事を待たずに乗り込む。起動させると前照灯を点ける。
「あっちの方だな」
レーダーに映し出された点々がこちらに向かってくる。
「……あと500m」
夏木さんもTAHSに乗り込むとインカム越しに伝えてきた。
「データから判断すると野生動物のようね」
やがて2つ対になった光るものがポツンポツンと表れた。
「……鹿かな?」
ライトを向けると鹿の群れがこちらの様子を窺っている。
「なによ。びっくりさせないでよ」
夏木さんが緊張の糸が切れて大きく息をついた。
「びっくりするのはこっちですよ」
「……なによ」
「俺が先に仮眠をとるから見張りを頼みましたよね。それをあんなにぐーすかと」
「……悪い?」
不毛なやりとりになりそうなのでやめる。
鹿は川に水を飲みに来たようだ。レーダーを見ると目の前にいる鹿の群れ以外にも野生動物が行き交っている。随分と自然が濃いようだ。
「TAHSにバイタルサインを登録しておけば、今後は鹿って認識してくれるわ」
夏木さんはコンソールパネルをイジる。どちらか一方を設定しておけばデータリンクをしてくれるらしい。俺にはそう言った知識が無いので全て夏木さん任せだ。
「じゃあ、夏木さんが今度は仮眠をとって下さい。中途半端になっちゃいましたしね」
「……」
不貞腐れたようにTAHSを脱ぐと直ぐにツェルトに篭ってしまった。
「眠くなってきた。……このままだと寝てしまうな」
小さくなった焚火に木をくべながら何か手作業をすることを考える。
あることを思いつき2m程度の真っ直ぐな木の棒を探す。枝を山刀で打ち払い、先端を細めに削る。又鬼山刀の袋部分、つまり棒を差し込める部分に枝を突っ込み槍にした。
やはりナイフは近寄らないと手が出せないところが問題になる。あの巨大ミミズを遠くからツンツン出来ると肉体的にも精神的にも楽になるだろう。
ただ、ハイテクの塊であるパワードスーツに、原始的な槍を持たせて違和感があるのは否めないが……
あと干しておいたたんぽぽの根をみじん切りにしていく。本当はカラッカラになるまで干しておいた方が良いのだが、まあいいだろう。それをロッキーカップに入れて焚火に掛け弱火で炒っていく。水分が抜けて黒っぽくなってきたら火から下ろす。
それを平たくて大きな石にのせ、同じ様な石を上から軽く叩くようにすり合わせる。これで粉末状にして取っておく。
夜が明けた。
周囲は夜露に濡れている。俺の衣服も少しじっとりとしている。
川に水を汲み火にかけると、周辺を見まわるように歩く。少し下流に行ったところに黄色い花が咲いた野草が生えていた。
「……サワオグルマか」
食べられる野草の一つで、アクも少なくてそれほど癖がない。これを摘んで戻った。
「……なにしてたのよ」
夏木さんが目を覚まして焚火に当たっていた。
「寒かった?」
「ええ。地面から冷気が登ってきてね。冷え症だから足が冷たくって」
「そんな短いスカートはいてるからですよ」
――おおっ。睨んできた。怖い怖い
昨夜に炊いた玄米の残りをおにぎりにする。
摘んできたサワオグルマとその辺に生えていたフキの葉を軽く湯がく。昨日食べたハヤの骨を炙って湯にくぐらせ出汁を取る。湯がいたサワオグルマとフキの葉をゴマ油で炒めてダシ汁と醤油、砂糖、焼酎を入れて少し煮る。
「朝はこれだけですね。まあささっと食べて社長達と合流しましょう。充電はどうですか?」
「まあまあ貯まったわ。辿り着けるぐらいわね」
夏木さんの前に玄米のおにぎり、サワオグルマとフキの葉の油炒めを並べた。
夏木さんは並べた食事にチラッと視線を送ると俺を上目使いで見てきた。
「……貴方、料理上手なのね」
「さあ。普通じゃないですか?」
俺は肩を竦めると食べ始めた。若干自身の無かった油炒めは乙な味がした。口に入れるとサワオグルマのコリコリとした食感とフキの葉のほろ苦さがアクセントになっている。野草独特のエグさもほとんど感じられない。玄米の固さを油炒めが緩和してくれるようにまろやかにしている。
「まあ、こんな感じじゃないですか?」
量は少なかったが満足感はある。
飯盒を洗ってまたお湯を沸かす。
「また、チャイでも飲むの?」
「まあそんな感じです」
夏木さんは俺の手元を覗き込む。
ロッキーカップに茶漉しをセットし、タンポポの根を炒って粉末にしたものを入れた。お湯を注ぐと、お湯が茶色に染まっていく。
「はい出来ましたよ」
俺はカップを夏木さんに手渡す。
「……なにこれ? チャイじゃないの?」
「これはコーヒーですよ」
「なに貴方。コーヒー持ってたんならさっさと出せばいいのに」
ちょっとカチンときちゃうね。感謝の言葉の一つも言えないのかね。
「このコーヒーちょっと酸味が強いわね」
「そんなもんですよ。タンポポコーヒーですからね」
「タ、タンポポ!? そんなもの飲ませてるの!? まさかさっき干してたやつじゃないでしょうね」
「そんなものって…… 」
夏木さんが睨んでくる。付けまつ毛とアイシャドウが落ちてるので、それほど怖くない。
きちっと化粧をしていると凄惨な感じを受けるんだよね。
それからいそいそと周囲を片付け始め、日が完全に登った頃には出発の準備が整った。
※シェラフ
寝袋のことです。封筒型とマミー型の二種類ありそれぞれ一長一短あります。作中で使われているのはmont-bellブランドのダウンハガーという商品名です。マミー型は通常コンパクトな収納が出来ますが寝姿勢が固定されていて寝にくいです。ダウンハガーはスーパースパイラルストレッチシステムと言って各部が伸び縮みします。よって寝姿勢がある程度自由になり寝やすくなります。
※銀マット
銀色にアルミ溶着してあるマットです。主に寝るときに敷くクッションとして使います。安いものから高いものまであります。作中で使われているのはTHERMOSTATリッジレストソーライトです。値段はそこそこですが保温性が高いです。同じ様なマットで空気を入れて膨らませるインフレーターマットがあります。携帯性、クッション性、保温性も高いのですが、デメリットとして、高い、火に弱い、内部が腐る(口で空気を入れて膨らませるときに雑菌が入る)です。




