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Drop the makeup

 周囲はすっかり日が落ちている。焚火に照らされた夏木さんの横顔は整っていて喋らなければ惚れてしまいそうになる。胸が強調されるような陰影に思わず視線が釘付けになる。


「体がベタベタするわね。気持ち悪い」


 夏木さんは体育座りをしながら体をあちこち見る。俺は視線の行き先が気付かれたのかと思い、顔を横に向けた。俺と夏木さんは食後に準備したチャイをロッキーカップに入れて飲んでいて体が温まり少し汗ばんでいるようだ。チャイを手渡した時に発した「私の食後はコーヒーって決めてるのに」との余計な一言を言わなければ良いのにと思ったのは内緒だ。

 俺は山篭りの夕食後にはチャイを飲む習慣がある。香辛料と生姜とで体を温め、適度なカフェインを摂取することによりリラックス効果を求めるためだ。それとミルクパウダーと砂糖でカロリーを摂取することも目的の一つだ。恐らく玄米とチャイだけで長期間耐えられることが出来そうだ。


「川で体を拭いてきたら良いのに」


 俺は顎をしゃくり、速乾タオルを手渡す。


「はっ? こんなところで? 着替えも無いのに?」


 信じられないといった表情で俺を見るが、どうしようもない。


「嫌ならいいですよ。どうせ誰もいないようですから誰も覗きませんよ。下着はちょっと洗って干してけばいいじゃないですか」

「貴方よ!」

「俺が……何ですか?」

「……貴方が覗くでしょ?」


 ――俺ってばどれだけ信用が無いんだろう


「覗きませんよ。水汲んできてツェルトの中で吹けばいいじゃないですか」


 夏木さんは俺をじっと見たかと思うと鼻を鳴らして川に向かうが、急に立ち止まり俺に手を出してくる。

 なんかこのくだり。さっきもあったような気がするな。


「何ですか?」

「水を汲む道具は?」


 俺はため息をつくと洗ったばっかりの飯盒を渡した。夏木さんは飯盒を両手で持ちワナワナしていたが、観念したのかそれを持って川に向かった。

 俺は周辺に咲いているたんぽぽを摘んでいると、背後からじゃりじゃりっと夏木さんが戻ってくる気配がした。


「随分と早いですね」


 俺は体を夏木さんに向けた。夏木さんが飯盒を俺につきだしてきた。


「冷たい」

「はっ?」

「川の水が冷たいの。風邪引いちゃうわ」


 俺は盛大なため息をつくと焚火に大ぶりの枝を放り込む。もう一度お湯を沸かさなければいけないようだ。


 ――川に行ったんだったら水ぐらい汲んでこいよな




「終わったわ」


 夏木さんがツェルトから出てきた。少しさっぱりとした顔になって出てきた。その顔に変化があるのを発見して思わず笑ってしまった。ちなみに下着はそのままはいたようだ。


「何笑ってるのよ!」


 夏木さんが怒った口調になる。その顔には化粧が落ちて少し幼い印象になっていた。まるでティーン・エイジャーだ。


「化粧を落としたんですね」

「……仕方ないでしょ。気持ち悪かったしあのままだと肌に悪いのよ」

「いや。悪く無いですよ。余計な険がとれて可愛い感じです。そのほうが良いですよ」


 アイシャドウが無くなったからかあまり睨まれても怖くない。高い身長やグラマラスな体には似つかわしくないチグハグな感じは悪くない。まあ、若干化粧が残ってるようだ。コールドクリームが無いので綺麗に落とせないのだろう。 ……オリーブオイルやホワイトワセリンを貸して上げたほうが良いのだろうか?


「じゃあ俺も体を洗ってきます。タオル返して下さい」

「はあ? 私が使ったのよ?」

「……それしか大きなタオルが無いんですよ。いいじゃないですか」

「嫌!」


 夏木さんはタオルを後ろ手にして返す気配はしない。仕方ないので手拭いを持って川まで行く支度をする。


「ねえ。これなに?」


 夏木さんが体を拭いているうちに細挽きに干しておいた、たんぽぽの根っこを指さす。


「明日のお楽しみですよ」


 川に向かいながら答えた。タオルはきちんと洗っておいて欲しいなと思いつつ。

※ロッキーカップ 

 シェラカップとの名称の方が有名ですが、シェラカップより二回り位大きな取っ手のついた金属製のカップです。直接、火に掛けられるので鍋の替わりになります。

 シェラカップは容量が300ml程度でロッキーカップは480ml(1パイント)になり、調理をする目的だと、こちらのほうが使いやすいです。

 これで米を炊いたりもできます。


※速乾タオル

 速乾性の生地の薄いタオルです。化繊や天然素材のものなど色々な種類がありますが、MRSのPackTowlシリーズのORIGINALが手触りが良く拭きやすいです。但し、抗菌加工していないのでちゃんと洗わないと臭くなります。


 

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