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 目を開けると、そこには白いシーツがあった。

 雑音の少ない殺風景な部屋。すぐ側で誰かの息づかいがかすかに聞こえた。

 俺はどうやら、病室のベッドに突っ伏すように眠っていたようだ。


「たっくん……おはよう」


 そのベッドの主……あやめが、その上で横になりながらぼんやりと微笑んでいた。

 ただ、その大きな瞳は少し赤らんでいて、頬にはくっきりと涙の跡が伝っていた。


「あやめ……?」

「ん……、あ、あれ……さっきちゃんと拭いたはずだったのに……」


 俺の視線に気づいたのか、あやめはパジャマの裾でいそいそと顔を拭う。

 さっきまで泣いていたのだとすぐにわかった。その証拠に、いまだに鼻声が抜けないでいる。


「まだ、どこか具合良くないのか……?」

「あ、ううん……えっと」


 少しもったいぶるように視線を落とすも、再び赤らんだ目で俺の方をのぞき込んでくる。

 そしておずおずと口を開いた。


「ついさっきまで、お姉ちゃんの夢を見てたんだ」

「友ちゃんの?」

「え……たっくん、お姉ちゃんの事……」

「うん……ようやく思い出したんだ。俺もつい今まで、友ちゃんと話す夢見てたんだ」

「そう、なんだ……。すごい偶然だね」


 俺の言葉を聞いたあやめは「思い出してくれたんだ……」と一言漏らし、小さく息を吐いた。


「それって、どんな夢だったの?」

「ん、えっとな……」


 それから、俺とあやめは互いに夢の内容を教え合った。


 あやめが見た夢。

 それは、姉と話した事。今まであやめを苦しめて申し訳なかったと謝られた事。何もできなくて悔かった事。またこうして出会えて喜び合った事……。

 ほんの少しの時間だったけど、会えなくなってからの何年分も一気に埋め尽くすほどに、満たされた時間だったようだ。


「何だかお姉ちゃん、すっごく大人になっててさ。それに、本当に目の前にいるかのようにリアルだったんだぁ……。あ、それと「たっくんの事よろしく」って言ってた」

「……はは。俺もあやめの事を頼まれたよ」

「やっぱり、お姉ちゃんはいつものお姉ちゃんだよね」


 時にはしゃぐように、たまに惚けるように話すあやめ。

 まるで本当に目の前で起こった事だと錯覚するほど、俺にもその光景が鮮明に浮かんできた。




「あたし……ちょっと後悔してるんだ」


 しばらく夢の話をした後、あやめは体を起こす。そして神妙な顔つきで、ぽつぽつと独り言のように話しはじめた。


「小さい頃から今までね……あたしはお姉ちゃんのように綺麗になりたいって思いながら生きてきたの。でも、あの時から、思い出すのが怖くなって……。それでいつの間にか、あの事故の記憶と一緒に、お姉ちゃんという存在にまで逃げ腰になってたんだ……」

「そうか……」

「だから、たっくんと再会した時も変だったでしょ? あの日はすごく嬉しかったんだけど……声かけるのにちょっと躊躇ためらっちゃったんだ」


 「ごめんね」と、俺に向かって軽く頭を垂れた。その表情はまだ少し強ばっている。


 あやめの表情を曇らせるのは、まだ彼女の心にこびりついて離れない恐怖、それとも後悔だろうか。

 急に目の前からいなくなっても、あやめにとって友香は生きるうえでの目標のままだった。

 でも心の奥底でずっと、大好きな姉を思い出す度溢れてくる恐怖に怯えていたんだろう。


 あやめが口を閉じて俯く。そのほんの少しの間、病室は一瞬の静寂に包み込まれる。


「でもね……。何だか、ようやく吹っ切れそうな気がする」


 そのすぐ後で、彼女は俺に向けて、満面の花を咲かせてくれた。



 俺達がほぼ同時に見た、友香の夢。そして俺が見ていた最近の夢。

 もしかするとあれは、彼女からそれぞれへ向けてのメッセージだったのかもしれない。


 おかげで俺は、ずっと忘れていた記憶を取り戻した。

 あやめは、ずっと目を逸らしてきた過去に向き合おうと決意した。


 そして今、ようやく俺達は一歩前に進める。そんな確信めいたものに心が満たされる。



「あ、ところでさ」

「ん?」


 いつの間にやら、あやめはさっきまでの真面目な雰囲気を剥がし、意地悪そうな笑顔を浮かべていた。


「やっと、下の名前で呼んでくれたね」

「あ」


 そういえば、友香の事を思い出した時くらいから、ずっとあやめと言ってたような気がする。自分で言っていて全く違和感がなかった。


「やっと、昔の三人に戻ったみたいだね」

「まあ……そうだな」


 屈託のない満面の笑顔を向けられ、照れながらも何とか笑みを返す。


 そんな折、ふと窓側のカーテンがなびく。そして俺の頬をほんのりと春の風が撫でていった。

 その優しい風からふと、今は目の前にいない……でも、俺とあやめの中に確かに存在する少女の面影を感じた。


「わぁ、綺麗だね」

「ほんとだな」


 膨らんだカーテンの隙間から覗く窓の外。

 そこでは、今にも日が西の山に沈みかけ、空のオレンジ色は優しい雰囲気を作り出していた。

 その景色を眺めながら、俺とあやめは同時に顔を綻ばせる。



 ――またいつか会おうね。皆で一緒に。



 あの日見た夢が俺をここまで連れてきてくれた。

 あれは、あの時壊れてしまいそうだった俺達三人の絆。それを繋ぎ留めるために友香がくれた約束の言葉だったんだ。


「友ちゃんはずっと俺達を見ていてくれたんだな……」

「そうだね。それに、これからは皆一緒だよ」

「ああ」


 そして今、夕暮れ時の世界の中で。

 ようやく三人で笑い合えたような……そんな気がした。



 大体のお話はこれにて終了ですが、最後にエピローグがございます。

 是非、最後までお付き合いください!

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