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 * * * *


 子供たちの賑わう声が、茜色に染まる町の中にやんわりと明るさを添えている。


「たっくん、そのラムネちょうだいっ」

「ええっ、さっき自分の分食べたばっかだよね……?」


 公園近くの駄菓子屋からの帰り道。幼い頃の澄下が、これまた幼い俺にラムネ菓子をねだっている。


「お願い、少しだけ! ジュース買ってあげるからさー」

「でもあやちゃん、お金持ってないじゃん」


 そうだ、この頃の俺は澄下の事を『あやちゃん』って呼んでたんだ。彼女と再会したおかげで、曖昧だった記憶がハッキリとしてきたのかもしれない。


 幼い俺は澄下のおねだりを上手く振りほどけないでいる。でも、この頃から男の意地というものは存在していたのか、何とか最後の線でラムネを死守していた。


「お姉ちゃん、お願い! たっくんにジュース買ってあげて~!」


 俺の粘りに根負けしたのか、澄下は隣を歩くもう一人の少女に助けを求める。


 お姉ちゃんと呼ばれる少女。

 糸のように細く、綺麗に流れる栗色の髪。丸みを帯びた顔に華奢な容姿。

 それだけ見れば、澄下あやめそっくり。でも、優しげな笑顔と穏やかに細められた瞳から、幾らか大人びた雰囲気が感じられる。


 彼女は溜息を吐きながらも、どこか嬉しそうに財布を取り出した。


「分かったよ。でもその代り、私にもラムネちょうだいね」

「ええっ?」

「ありがとー、お姉ちゃん! 大好きっ!」


 幼い俺は、彼女の笑顔とジュースの誘惑の前にあえなく沈んでしまった。


「ありがとうね。すぐにジュース買ってくるから、少し待ってて」


 少女は俺の頭を軽く撫でた後、十字路の隅っこにある自動販売機に向かって駆けていった。


 小さな後ろ姿を見ていた俺は、まるで彼女が俺の本当の姉であるかのような……


 ……そんな気分になっていたんだ。


 * * * *



 幼馴染との再会を果たして数日。

 午後の教室にうららかな春の陽気が入り込む。


 目の前で揺れる栗色のポニーテール。

 教師の声をBGMに、俺は机に片肘をつきながらその『尻尾』を眺めていた。


(澄下の姉さんかぁ……)


 以前見た夢の中で、俺や澄下と仲良さそうに笑っていた少女。

 もしかすると、架空の人かもしれない。

 でも、それにしては『お姉ちゃん』と言って慕う澄下とも瓜二つだったし、俺自身、彼女に対してすごく懐かしいような、胸の奥が温かくなるような感覚を抱いていた。



 その日の放課後、意を決して俺は澄下に尋ねてみる事にした。


「なあ、澄下」

「ん? どしたの? てか、下の名前で呼んでって言ってるのにさー」

「あはは……、まあ、ほら、な……」


 未だに下の名前では呼びづらい。学園の中ではなおさら無理だ……。何かあらぬ誤解を生みそうな、そんな気がしていたのだ。

 自意識過剰かもしれないけど。


 むくれた澄下に俺は苦笑いで誤魔化しつつ、お姉さんの話を振ってみる事にした。


「澄下って、姉妹とかいるの? 例えばお姉さん、とか」

「え……」


 予想外の質問だったのか、澄下は大きな目をさらに大きく見開いた。彼女のその眼差しは、俺の質問の意図を探っているようにも感じる。


「な、何で……?」

「いや、大した事じゃないんだけどな……。今朝、夢見てさ」

「夢?」


 不思議そうに……というより、少しとぼけた感じで首をかしげる澄下。俺はそのまま話を続けた。


「小さい頃の澄下と姉さん、それと俺の三人で遊んでたんだよ。その光景がすごく自然でさ。それにその人……澄下そっくりだったんだよ」

「そ、そうなんだ……」

「それで、もしかしたら本当に実在する人なのかな、と思って聞いてみたんだけど……。まあでも夢の話だし、俺の思い違いだったら――」

「いたよ」

「え?」

「三人で……よく遊んでたんだよ……?」


 俺の言葉の隙間に入り込むように、澄下が口を開く。そして彼女の口は姉の存在を少しずつ明確にしていった。


「似てるのは……双子だから」

「そうなのか……」


 雰囲気は違えど、一目見ただけでは分からないくらい似ている二人。双子だと言われてすんなりと納得できた。


「じゃあ、今は俺たちと同級生か。その人もこの学園に来てるのか?」

「たっくん……」


 短い呟きの後、スッと教室の隅へ視線を逸らす澄下。

 時計を気にしているのか。……何か急用でもあるのかもしれない。


「もう一つだけ、いいか? 俺もその人に会った事あるんだよな? でも、俺は彼女の事全然覚えてなくて……」


 俺が話す間、らしくないほど静かに聞いていた澄下。



 ――そんなしおらしい態度が急に変わったのは、それからすぐの事だった。



「ん……どうした?」


 気づけば、澄下は自分の肩を強く抱きしめていた。


 額には玉のような汗。

 その顔色は顔中の血を全部吸い取られたかのように蒼くなっていた。


「澄下……? だ、大丈夫か?」


 その直後、自分の体重を支えられなくなったかのように、澄下は膝から崩れ落ちた。

 近くにあった机が押され、その衝撃で椅子が倒れる。

 ガタタンッ! と大きな音が鳴り響き、生徒たちの話し声を遮る。全ての動きが収まった時には、たちまち教室中に静寂が訪れていた。

 ただ、それも一瞬の事。


「澄下っ……!」

「「きゃああぁぁぁーー!」」


 西日が射す教室に、残っていた生徒たちの悲鳴が響き渡る。

 俺はただただ混乱して、抱きかかえた小さく軽い躯体に向かって名前を呼びかける事しかできなかった。



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