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苦手シリアスを克服するため、物語の構成の練習に書き始めた作品です。

私の短編(4001~40000字)、第六作目です。


 * * * *


 夕焼け色が町に降りはじめ、ふわふわした世界をつくりあげていた。

 どこか見覚えのある景色の中。幼い頃の俺が、同じほどの背丈の少女と並んでアスファルトの上を歩いていく。

 俺はどうしても、その少女の名前を思い出せないでいた。出会って間もないような、でも、いつも一緒に遊んでいたような……妙な感覚だった。


 この日の二人はともに言葉少な。幼い俺はちらちらと少女の様子を伺う。

 彼女はどこか元気がないようだった。クルミのように丸い双眸でアスファルトを睨みつけ、両手を腰の後ろあたりで組んでいる。肩まで伸びた栗色の髪が、ただただ静かに乾いた夕風に凪いでいた。


 やがて、四つの小さなかかとは見晴しの良い十字路へ辿り着く。

 俺は左へ、少女は右へと進もうとするけれど、思うように前へ行けない。



 ――ここで少女と別れれば、もう二度と会う事ができない。



 そんな漠然した感覚が足を重くしていた。


 それでも、かなりの時間を要しながらも、少しずつ互いの道を進み始める。

 本当はまだまだ一緒にいたかった。これからももっと笑い合いたかった。

 でも、この時の俺はそんな願いを伝える勇気すら持てずにいた。


 どれだけ進んだか、


「たっくん」


 ふと、静かで柔らかな声が耳朶を打つ。

 振り返ると、遠くの方。

 茜色を少しずつ濃くしていく風景の中、彼女の姿が滲んだように見える。でも、たしかにこちらを向いていた。

 こちらに風が吹いていなければ、その声は聞こえなかったかもしれない。それくらいの距離だった。でもこの時は、不思議なほどハッキリと俺の耳に入ってきた。

 その小さな奇跡が嬉しくて、そして少し恥ずかしさを覚えつつ、俺は彼女に手を振って答える。

 同じ様に少女も手を振り返してくれる。


「またいつか会おうね。皆で一緒に。約束」


 交差点に響く声の主が。

 まるで、夕暮れ時の世界と一緒に消えていってしまいそうな……そんな予感が胸の奥を締め付けた。


 * * * *



 目を開けると、シーリングライトの白と狭い天井が視界に入った。

 昨夜は明かりを点けたまま寝たみたいだ。寝起きはあまり良くない。夢の光景も、実際に上から眺めていたかのように思い出せた。


「なんか、懐かしい夢だったな……」


 もう名前すら思い出せない少女との思い出。

 夢で見たのはたしか、少女を見た最後の日だったろうか。

 その少し後に、彼女はどこかへ引っ越してしまった。以来連絡は取り合っていない。


 つい今まで忘れていた幼い頃の約束。それを果たす方法を俺は知らない。また、いつの間にか忘れてしまうのだろうか。


(まあ、そんなもんなのかな……)


 自身から浮かび上がった思考。その冷えた響きのある考え方にどこか寂しさを覚えながら、俺はベットから抜け出した。


 今日は新しい学園の入学式。

 パリパリの真新しいカッターシャツに手を通すと、新しい生活が始まる事を実感する。

 時計を見ると、そろそろ出かける時間。

 両頬を叩いて気合を入れ直し、俺は部屋を出た。



 ◆


 入学式も無事終わり教室でのホームルーム。

 担任に次いで、生徒各々の自己紹介が行われている。

 名前、性格、好きなもの、嫌いなもの、尊敬する人など……色んな紹介がある度に話し声や笑い声が起こる。

 元々仲が良かったり、教室への移動中に意気投合したのだろうか。ある程度の生徒たちには話し相手ができたようだ。

 そんな光景を窓側の後ろの席でぼんやりと眺めていた。


 しばらくして、前の席の女子生徒が立ち上がる。

 線の細い後ろ姿だが、綺麗な栗色のポニーテールに快活そうな印象を受けた。


澄下すみしたあやめです。好きな食べ物は甘い物全般で、性格は……えっと……」


 どこかたどたどしいが、聞いているこっちも清々しい気持ちになるような声色だった。


「これから一年間、よろしくお願いします」


 周りから起こる拍手に応えるように丁寧に頭を下げ、席に座る澄下さん。

 まだ緊張が抜け切らないのか、彼女は少し背中を丸めた姿勢のまま、動かなくなっていた。


(何だか、微笑ましい娘だな……)


 はきはきとした物言いのわりに、あがり症のような仕草。どこか無理してるような様子が、失礼ながらどこか滑稽こっけいにも思えた。


「次の人ー。ぼうっと前の子眺めてないで、しゃしゃっと自己紹介してねー」

「あ……」


 担任の声で我に返ると、教室中に笑いが巻き起こっていた。次は俺の番だった。慌てて席を立つ。


森野拓也もりのたくやです。よろしく……」


 口下手な俺にはこれが精一杯。これ以上どうしようもない。むしろよく言えた方だった。

 スッとした気分で席に座ると同時に「それだけかよ~」と、クラスメイトの一言を貰う。教室は再び笑い声に包まれたが、顔を机に向けてやり過ごす。

 それに比例するように、俺の顔が熱くなるのが手に取るようにわかった。


 不本意な内容だけど、今日の事は確実に記憶に残るだろうな。


 そんな俺の心情を気にもとめない様子で自己紹介が続く。

 そんな中、ふと視線を感じた。


 顔を上げると澄下さんが咄嗟に視線を逸らしたところだった。


(やっちまった……)


 さっきの事で恥ずかしい思いをしたのは俺だけじゃなく、彼女もそうだったのだろう。

 申し訳ない気持ちを抱いたまま、この日の行事は終了した。




「あの!」


 担任が教室を出てすぐ。澄下さんの澄んだ声に呼び止められる。

 いい機会だ。さっきの事も謝っておこう。


「あっと、澄下さん……だっけ。さっきはごめん」

「え?」

「ぼんやりしてただけで、別にやましい気持ちはなかったんだ」

「……」


 澄下さんからの反応はない。

 何か言い方がまずかったのだろうか。

 澄下さんはどこか困ったような表情を浮かべている。彼女の黒く、どこか紅みがかったような双眸は目の前の俺じゃなく、別の、どこか遠いところを見ているような気がした。


「……たっくん?」

「え?」


 数秒の沈黙の後、彼女の発した言葉に顔が火照る。


「あ……いや、さっきの事は全然気にしてないから! 席も近いし、これからよろしく、じゃ!」

 混乱した俺を察してか、彼女は慌てて捲し立て早々に教室を飛び出してしまった。


 ぼんやりと突っ立ったまま、彼女の言葉を思い出す。


「たっくん、か……」


 そんな呼ばれ方をしたのは久しぶりだ。

 最後にそう呼ばれたのは……ちょうど今朝見た夢の頃。

 夢に出てきた栗色の髪の少女……。

 彼女のクルミのように円らな瞳が澄下さんのそれと重なって、俺の脳裡に浮かぶ。

 そういえば、どことなく雰囲気が似ているような気がするな。


「――っ」


 突然、軽い頭痛に見舞われる。

 まるで頭の深い部分をスコップか何かで抉られたような、鈍く重い痛みが俺の頭の中を走り回る。


 無意識に頭のてっぺんに触れると、傷跡に手が当たった。

 俺がまだ小さい頃、どこかのガードレールで頭をぶつけて出来た、大きな傷。


 といっても、自分自身人伝ひとづてに聞いただけなんだけど。

 俺が覚えているのは病院の白い部屋、ベッドの上で頭痛とともに目が覚めた事。記憶が飛ぶほどの衝撃を受けたという事実を実感してる事くらいだ。

 小さい頃という事もあって、俺自身全く気にせず普通に生活している。だけど数年経った今でも、こうしてたまに疼く時があるのだ。

 新しい環境に入って少し疲れが出たんだろうか。


「まあ、明日にでも澄下さんに話かけてみようかな……」


 ――またいつか会おうね。


 もし。

 もしも、彼女が昔の少女なら。

 数年越しの……再会の約束。それを果たすことになるのかな。

 そう思うと胸が少し高鳴った。


 俺は浮足立った心を抑えるように、ゆっくり深呼吸してから帰路に就いた。



次回以降、改稿が終わり次第更新していきます。

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