閑話 在りし日に
どうしても今日は勉強する気が起きず、人のあまり来ない庭園で惰眠をむさぼっていた。
暖かい日差しに包まれて眠るのは好きだ。
「悪い王子様。勉強をさぼってこんなところでお昼寝なんて」
だってほら、彼女が来てくれた。
俺がどこにいても彼女は俺を見つけ出してくれる。
ゆっくりと目を開くとそこには思った通りエスメラルダが立っていた。
悪いことをした弟を起こるようなしぐさで腕を組んでふんぞり返っている。
「エスメラルダ、別にいいだろう。ほらお前もこい」
そう言って組んでいる腕に手を伸ばしこちらに引き寄せた。
急にバランスを崩されたエスメラルダはそのまま抵抗なく俺の胸の上に落ちてきた。
「…痛い」
鼻をぶつけたのかエスメラルダは鼻を抑えているが、見え隠れするそこは赤くなっている。
こみ上げる笑いをかみ殺そうとするがこらえきれず小さく噴き出してしまった。
それに気が付いたエスメラルダがむっとこちらをにらんでいるが、そのまま二人して笑いあってしまった。
ひとしきり笑い終えて二人で空を見上げながら地面に寝転がった。
そしていつものようにエスメラルダと視線が重なる。
俺のすべてを見透かそうとするその視線に恐怖は感じない。
「今日もお前に見つかってしまったな。お前からは隠れられそうもない。けど俺がどこにいてもお前が見つけてくれるなら俺は一人ではないんだよな」
「私が一人になんかさせませんよ。寂しいこともつらいこともなんだって二人で分かち合いましょう」
重いことをさらっと言ってしまえるこのエスメラルダもあとひと月で嫁ぐ。いつも一緒にいたエスメラルダが嫁ぐとなれば俺は俺の、彼女には彼女の時間が増えるということなのだろうか?
ジワリと心の片隅に黒い靄がにじみ出てきた。
その時…
「大丈夫ですよ。私たちはずっと一緒でしょ」
心を読んだかのようにエスメラルダがそういった。
「心を読むな」
「ほら、あたった。王子様は分かりやすい」
そういって今度はエスメラルダだけが笑った。
俺が憮然とした顔がさらに彼女の笑いを引き出しているらしい。
だから少しこちらも反撃することにした。
エスメラルダだけが一方的に俺を理解しているわけではない。
彼女同様俺も誰よりもエスメラルダという女を理解している。
「なぁ、エスメラルダ 」
「なあに」
寝転がったままこちらに視線をよこした彼女の頬に手を伸ばした。
触れた頬は暖かく心底安心できた。
そしてエスメラルダもその手を俺に手に重ねた。
知らずに二人で微笑み合っていた。
気持ちは一つなのだ。
エスメラルダはいつも俺に欲しい言葉をくれる。
だから今日は俺からエスメラルダにあげよう。
「ずっと、俺だけのエスメラルダであってくれよ…」
エスメラルダから答えはない。
だがその先ほどよりも深くなった微笑みが言葉なくとも答えを示していた。




