The Black Box
黒い夜には夢を見る。
夢の中で、僕はいつの間にか黒い箱の中にいる。
でもここでいう黒い箱っていうのはダンボールの箱でも概念的なブラックボックスでもなくて、都会によくありそうなクラブのことだ。
薄暗いフロアをミラーボールがきらびやかに照らし、
DJは意気揚々とスクラッチを響かせ、
それに答えるようにティーンエイジャーたちは踊り狂っている。
がんがん流れ続けている曲は、頭ではわかっている感覚があるのになぜか名前が思い出せない。
気づくと僕はクラブの奥にあるちょっとしたバーの丸椅子に座っている。カウンターの向こうにはマスターらしきおっちゃんがいて、琥珀色をしたウイスキーをロックで出してくれる。
ん?と思う。こんなもの注文した覚えはないけど…
おっちゃんは察したように、「あちらの方からです」とカウンターの右端に顎を向ける。そこには黒いロングコートを着た背の高い男がつまらなそうに座っている。髪は短く、いかにもまじめそう
なサラリーマン風の男。年は20代後半だろうか? その様子がすごく場違いにみえて、僕は思わずふっと笑ってしまう。
「なにがおかしいんだね?」
と、サラリーマンが話しかけてくる。その口調が微妙に怒りを帯びていて、僕はびびって「あ?」と変な声を出してしまう。
「君が私をこんな格好にしたんだ。それを笑うとは、相変わらず君は最低な人間だな」
「え? 僕が?」
まったく覚えがないしそんな力が僕にあるはずもない。「たぶん、人違いじゃないですか?」
「いいや、間違いなく君だよ。君が私をつれてきたんだ」
そのサラリーマン?風の男が僕の隣まできて右の席に座る。カウンターに載ったグラスの酒が減ってないのを見て、僕に「飲まないの?」と聞く。未成年ですし、と言って僕が頷くと、横からグラスを奪って一気にあおる。
「で、さっきの話ですけど」
「ああ、そうだったね。今ここには、君と僕しか人がいない。だから必然的に犯人は君しかいないのさ」
人がいない? 目の前にはマスターがいるし、フロアのほうを振り返ってみても相変わらず大勢の若者が踊り狂っている。一見特に変わったところもなさそうだ。そこでやっと、あれ? もしかしてヤバイ人なんじゃないか?と思い至る。
これ以上関わりたくないので、僕は適当に話を流そうと思って、
「あ~ そうなんですか~」なんて返事をすると、
「あいつら人間みたいに見えるけど、あれ、一つ一つが人間の欲望のかけらみたいなもんだから。うかつに近づくと巻き込まれるから注意しろよ」
と男が突然語りだす。
「欲望のかけら?」
「そうそう。人間誰しも欲望ってものを持ってるだろ? 食欲とか性欲とか睡眠欲はもちろん、野心とかプライドとかさ。もちろんそういうのって無害なものも多いけど、中には独占欲とか殺意とか危ないものもあるわけよ。で、全部見た目はおなじだから、どれが危ないものかはわからない。
だから無闇に近づくなってこと」
「ふうん」 男の話に妙に説得力があるような気がして、なぜだか僕は納得してしまう。
「でも、みんな同じに見えるし、全然そうは思えないんだけどなぁ」
「当たり前じゃん」
男はコートの上から自分の腹の辺りをさすって見せ、
「本音って言うのは、いつも見えないように腹の奥深くに隠しておくもんだろ?」
と言ってニヤリと笑う。
夢から覚醒する間際、クラブで流れていた音楽がDeep purple のBlack Nightだったことを思い出す。日本の有名な缶コーヒー、UCCブラック・無糖のテレビCMで使われていた曲だ。黒い夜とBlack Nightをかけて~、みたいなギャグ的な話ではないけれど、もしかして僕の中にも何かを関連付けたい欲望みたいなものがあったのかなと思う。そんな変な欲望もあるわけだから、人間の中には想像もしないような欲望が沢山眠っているに違いない。そういう欲望たちと、僕はこれからも上手くつきあっていけるのだろうか?
まあいい。とりあえず僕は、起きたらコーヒーを飲むことにしようと決めている。