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夏休みの教室  作者: ひぃ
9/9

最終話:ラブレター

2年間という期間が、こんなに長いものだなんて初めて知った。

2年間より長い、高校3年間なんて、あっという間に過ぎていったのに。


そう。あれから2年が経ち、彼女が日本を旅立って2回目の夏。俺は大学生になり、ユウジと一緒に隣町の大学へ通っている。

彼女が日本を旅立って、俺は猛勉強をした。猛勉強なんて高校受験以来だった。ヤマ先生はいつも、

「お前、悩みでもあるのか?」

と何度も、職員室に呼びつけた。

「だーかーらぁ、大学に行きたいから勉強してるだけっす。悩みなんて……あるとすれば、この問題を教えてほしいんですけど」

ヤマ先生は口をポカンと開けて、あぁ……と返事をした。

猛勉強のかいあって、見事大学に合格。ユウジとキャンパスライフを楽しんでいる。

「雪人、次は臨時休講だってよ。もう昼から授業ないよな? 久々に遊びに行こーぜ!」

バイク置き場へと歩いていた俺を、ユウジが後ろから呼び止めた。

「あー、ごめん。今日バイトなんだよ」

俺はちらっと携帯電話の画面を見た。

「えー、マジかよぉ。この間もそうだったじゃん」

「うーん、金稼がないとさ」

悪いな、とユウジに向かって両手を合わせて謝った。そしてヘルメットを被り原付バイクにまたがった。

「そんなに金に困ってたっけ?」

「貯金してるんだよ」

ヘルメットの紐を顎にかけ、バイクのキーを回した。ブルルンッとバイクが鳴いた。

「貯金って、もしかしてアメリカに行く?」

「……まあな。大学受験でバイトすることが出来なかったし、大学1年は免許取ったりで忙しかったからな。今しかないんだ」

「そっか。小春ちゃんの手術はどうなった?」

ユウジの言葉が、俺を後ろから突き刺した。

「え、もしかして……」

「いや、それが連絡先を聞くのを忘れてて、成功したのか分からないんだ」

ユウジはあんぐりと口を開けた。俺だってビックリした。勉強しか頭になくて、肝心な連絡先を聞いてなかったのだ。

「ヤバイ、時間だわ。じゃあな」

「おー、頑張れよ」

俺はユウジに軽く手を振って別れた。




「だるぅー……」

バイクに乗りながら呟いた。今は夜の8時。昼過ぎからさっきまで、コンビニでバイトをしていた。昼からはあまり客もなく楽チンだったのに、夕方にかかるとどっと人が多くなった。たまにこういう日もあるのだ。

ドルンッとバイクを家の車庫に止めた。キーを抜き、ヘルメットを小脇に抱えてバイクから降りた。

「ただいまぁー」

「お帰りぃ」

母親の声が出迎えてくれた。

「あ、ちょっと待って。郵便見てくれない?」

「はぁ?」

靴を脱ごうとした手を止めた。母親は声だけで俺の相手をしている。

「母さん宛てに手紙来てない?」

自分で見ろってーの。腹が立ちながらも郵便受けを見た。母親宛てかは分からないが、何通か手紙がきていた。

「来てたよ、ほら」

母親にA4の大きさの封筒を渡した。

「ありがと」

「ん。……あれ」

俺宛てに来てる。

それは、切手を貼っていないし、俺の住所も書かれていなかった。ただ名前だけが俺の名前になっている。差出人の名前も書かれていない。

「イタズラ……か」

俺はその手紙をゴミ箱に捨てた。しかし何だかそわそわする。何かを見落としているような気がするのだ。ヘルメットを玄関に置き、今捨てた手紙を拾い、自分の部屋に入った。


「見た目は普通、だな」

俺は少しドキドキしながら封を開けた。宝物の箱を開けたような緊張感があった。

「梶山 雪人様。お話したいことがありますので、あの教室で待っています。……なんだ、これ」

見た目、字からして女の子の字のようだ。

「まてよ……」

この字、前に見たことがあるような……。

「あっ」

俺はぴんっと一瞬にして答えを導いた。そして風のようにすばやく階段を降りた。

「出かけるの?」

母親が俺を呼び止めた。俺は生返事をして、靴を履き、再びヘルメットを手に持った。

「晩御飯、出来たのに」

「帰ってから食べるから。じゃ」

俺は言い終わらないうちに玄関を飛び出た。そして原付に飛び乗り、キーを回した。原付が、まだ走るのかよ……と迷惑そうに鳴いた。




あの丸っこい字、彼女に違いない。

バイクに乗りながら、彼女と手紙のことを考えていた。その手紙の字は、初めてもらった、テストのラブレターの封筒に書かれていた字と同じだった。つまり、彼女はアメリカから帰ってきているのだ。と、いうことは……。

「そうだよ、そういうことだよな。間違い……じゃないよな」

俺はぎゅんっとハンドルを回して先を急いだ。




2年ぶりの母校は何も変わっていなかった。眺めていると、あの頃の思い出が走馬燈のように駆け巡った。

よく3年間も通ったよな。クラスの奴らはどうしてるんだろ……。

しばらく、ぼーっとして自分の目的を思い出した。ヘルメットを外し、バイクに鍵をかけた。時間は夜の8時半すぎ。学校は真っ暗だった。あるひとつの教室を除いては。

「あそこは、俺のクラス」

やっぱり彼女が帰ってきたのだ。俺は正門を押してみた。しかし当然、門は頑丈に鍵がかかっていた。

「となると……」

昔、夜に学校に忍び込んだことを思い出した。まだ穴が開いてるといいんだけど……。少し不安になりながらフェンスのほうへ走った。フェンスの前に立つと、外からの訪問者を受け入れるように大きな穴が開いていた。

「そろそろ、ヤマ先生にでも教えといたほうがいいかもな」

俺は服がフェンスに引っかからないように、慎重に穴を通った。穴を通ったとき、気持ちがあの頃に戻ったような気がした。




長い階段を登り、とうとう明かりの点いている教室に着いた。ぜいぜいはぁはぁと、息絶え絶えな俺は心臓を落ち着かせた。もう若くないんだな、と苦笑いをし、気合いを入れて教室のドアを開けた。

ガラッ。


「……伊東?」

俺の目に、あの頃と全く変わらない後ろ姿が飛び込んできた。俺の言葉に反応して彼女は、こちらに振り返った。

「梶山君……。え、えっと、帰ってきました!」

彼女はやはり、あの頃と変わらない笑顔を俺にくれた。

「あ、あの、連絡先とか教えなくて、ごめんなさい。ばたばたと急に決まって行ったから、教えることが出来なくて」

「……本当だよ、ドジっ子」

俺はふっと笑い、ゆっくりと彼女に近づいた。彼女は嬉しいのか恥ずかしいのか、顔を林檎のように真っ赤にしていた。俺と彼女の間の距離は、手を伸ばせば彼女に届くまで近くなった。

「手紙、読んでくれたんですね」

「まあな。差出人が分からなかったけど」

彼女は眉間にしわを寄せた。そして、書き忘れていたことを思い出したようだ。

「ったく、アメリカから帰ってきたんで、少しは成長してるかと思ったら……。ドジっ子は変わらないな」

「ごめんなさい! 私……あれぇ? で、でもここは成長しましたよっ」

彼女は慌てて自分の胸に手を当てた。

「成功、したんだな」

「……はい。私の今は、明日に繋がるんですよね。これからもずっと」

彼女が静かに目を閉じた。あの日を思い出しているようだった。俺も彼女と同じように、記憶をあの日に飛ばした。


あの日。


彼女が手術を受けないと言った、あの日。俺は本当に彼女に生きてもらいたくて、これからも彼女と一緒にいたくて、自分の正直な気持ちをぶつけた。彼女は俺を受け入れ、手術を受けることを決めた。


「梶山君、あのとき私に告白しましたよね」

「お、お前なぁ」

2年前のことなのに、昨日のことのように思い出した俺は、顔を真っ赤にした。そんな俺を見て彼女はクスクス笑った。

「私、まだ返事してないですよね?」

一瞬にして、体に緊張が走った。返事って今更の話だろ? 今更……もしかして、俺フラレるのか?

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 心の準備が」

緊張のせいで、腹がキリキリと痛み出した。ちくしょー、俺ってばカッコ悪い。彼女はまたクスクスと笑っている。

「だったら待ちます。その間、私の話を聞いてください」

「お、おぅ」

彼女は深呼吸をして、すっと俺の目を見た。

「私、入学したときから梶山君のことが好きなんです」

彼女の真剣な瞳は、がっちりと俺を捕まえて離さなかった。俺は腹の痛みを忘れて彼女に見入っていた。

「良かったら私と……付き合ってください」

彼女のすっと俺を見つめる瞳。

ドジっ子だと思っていたのに、彼女はしっかりと立っている。

俺はそっと手を伸ばし、彼女を自分の胸の中に隠した。

「俺も」

彼女の存在を確かめるように、ぎゅっと抱きしめる。柔らかい彼女の髪が、俺の頬に当たる。

「俺も好きだ。2年間、お前を待ってたんだ」

彼女の手が俺の後ろに回り、ぎゅっと抱きしめた。

「嬉しいです。私も梶山君に逢いたかった……」

彼女が、俺の胸に押しつけていた顔を離し、俺の顔を見た。涙が瞳を濡らしていた。キラキラと光ってとても綺麗だった。俺はゆっくりと顔を近づけ、軽く彼女の片目にキスを落とした。ポトリ、と涙が滴になって頬を流れた。

「好き……もう離さないからな」

「……はい!」




end.

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。途中、評価や感想をいただき、頑張って書き上げました。


さて、雪人と小春のその後ですが、小春はもう一度、高校生活3年間をやり直し、無事卒業。

雪人は大学を卒業し、中小企業に就職。小春が高校を卒業してすぐに結婚しました。

結婚しても、小春の発作はたまにありましたが、大事に至らず。けれど小春の敬語と、ちょっとドジなところは、変わらないみたいです。

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