表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏休みの教室  作者: ひぃ
6/9

第6話:3日目(3)

「薬飲まなきゃ」

彼女が俺の腕をはずして、カバンを置いている場所へ歩いた。俺もその場所へ足を向かわせた。

「あっ!」

前を歩いていた彼女は、足を砂浜に取られ体のバランスを崩し後ろ向きにひっくり返った。俺は彼女を支えようと駆け寄ったが、俺の足も砂浜に取られ、顔面から砂浜に突っ込んだ。そんな俺の上に彼女が倒れ込み、結果的には助けることができた。

「ご、ごめん」

「……いや、大丈夫?」

彼女はさっと起き上がり、俺に手を差し伸べた。

「梶山君は? 大丈夫?」

俺は彼女の手を取り立ち上がった。

「ドジっ子だな」

「ド、ドジっ子?」

「ほら、俺と教室で会ったとき、ドアにぶつかってたし、ラブレター間違えてるし」

「間違えたのは、頭がパニックになってて……」

「ぷっ。普通テストと手紙間違えるかよ」

俺はわしゃわしゃと彼女の頭を撫でた。みるみるうちに真っ赤になる彼女が可愛かった。

「く、薬飲まないと……」

彼女は慌ててカバンの中に手を突っ込んだ。あの巾着袋から数種類の薬を取り出した。

「ほら」

俺は自動販売機で買ってきたミネラルウォーターを手渡した。ありがと、と彼女は薬を飲んだ。

「はぁー」

「大丈夫か?」

「はい。ありがとうございます」

彼女はいつもの笑顔を俺に見せた。

「……そろそろ帰ろうか」

「はい」

彼女は小さく頷いた。


俺たち、これからどうなるんだろう。

駅までの道を歩きながら考えていた。

俺はどうしたらいいんだろう。このまま何もしないで、彼女の病気が悪化していくのを、ただ見ていることしかできないのか?


「ごめんなさい」

「え?」

彼女が突然謝った。

「私があんなこと言って、梶山君に迷惑をかけてしまいました」

「迷惑だなんて、俺」

「よく考えてみれば、私たち恋人同士でもないんですよ? おかしいですよね、こんなこと」

彼女は俯いたまま立っている。海からの風が彼女の髪を乱した。

「梶山君、難しく考えないでください。私が勝手に言っただけなんですから」

「!」

彼女の言葉を聞いて俺の心がざわついた。何だ? イライラする。

「あのさっ! 俺の話聞いてくれる?」

俺の張った声に驚いた彼女。目が点になっている。

「俺ね、迷惑だって思ってないんだよね。それに、難しく考えてるのは、伊東のことを簡単に受け止めてるわけじゃなくて……」

「……」

あ、あれ? 俺何言ってんだよ。

「だ、だから、俺は」

あーっっ! 分からなくなってきた!

……それにしても、静かだな?

「おい?」

そう呼びかけると、ドサッと何かが落ちた音がした。

「! 伊東!」

彼女は前に倒れ込んでいたのだ。彼女を仰向けにすると、はぁはぁと、とても息苦しそうな声が聞こえた。

「大丈夫かよっ! きゅ、救急車!」

俺は慌てて携帯電話を掴んだ。

「わ、私……ごほっ、ケー、ケータイ」

彼女が手にしたケータイを受け取り、アドレス帳を開いた。そこには行きつけの病院の名前があった。




すーすー……。

殺風景な病院の個室に、彼女の寝息だけが聞こえてきた。静かに眠っている。

「はぁ……」

深い溜息が漏れた。やっぱり連れ出すんじゃなかったな……そんな後悔が俺を襲った。

俺が連れ出したからあんなことになって倒れてしまった。俺って本当にバカだ……。何の理由もなく彼女を連れ出してしまった。

「……何の理由もなく?」

本当にそうなのか? 何の理由もないのに、こんなことするのか?

突然、ドアが開く音がしたので椅子から立ち上がった。入ってきたのは40代後半の女性だった。

「小春……っ」

そう呼んだ女性は、彼女のベッドへと駆け寄った。

この人、母親だ!

「あぁ、だから言ったのに…」

伊東のおばさんはそっと彼女の頬を撫で、椅子に腰を下ろした。そしてちらっと俺の方を見た。

「……あなたが梶山君ね?」

「あ、はい!あの、す、すみません! 俺のせいで伊東……伊東さんが」

かたかたと俺の声が震えた。おばさんはふっと笑った。

「いいのよ、怒ってなんかいないから。さ、座って」

おばさんは、ベッドの下にしまっていた椅子を俺に渡した。

「……怒ってないんですか?」

「えぇ。小春が望んでいたのなら。本人もこうなることは分かっていたでしょう」

でもバカな子ね、とおばさんは苦笑いをした。

「……今日は海に行ったの?」

「え?」

「潮の香りがしたから」

「あ、はい。水族館に……」

「そう、水族館に」

おばさんはにこっと笑った。

「小春、驚いたでしょうね。大きな水槽を見て。水族館なんて行ったことなかったから」

すーすーと眠る彼女を、おばさんはとても暖かい目で見つめていた。

「小春ね、動物園にも行ったことがないのよ。……可哀相よね」

暖かい目だったおばさんが、だんだんと暗い顔に変わり、目には涙が光っていた。

「……」

「あぁ、ごめんなさい」

おばさんはそっと涙を拭いた。

「あなたに会うまでこの子は……何て言ったらいいのかしら。自分の運命を受け入れていたの。命が短いことを知っていたの」

「……っ」

俺はズキンッと心が痛んだ。

「私たちは諦めないでって言い続けてたんだけど、小春には届かなかった。でもね、あなたに会ってから変わったのよ」

おばさんは、ぱあっと表情が明るくなった。

「生まれ変わったように見違えたの。あんまり笑わなくなった子が、昔みたいに笑うようになって……。あなたのおかげよ」

「い、いや、俺は何もしてませんから」

「いいえ、あなたのおかげで小春は今まで生きてこられたのよ。だからお礼言わせて?ありがとう」

「礼なんて……だって俺、本当に何にもしてないし」

俯いて話す俺は、泣きたいのを我慢して話した。俺が泣くより、おばさんのほうがいっぱい泣きたいはずなんだ。俺がおばさんの前では泣いては駄目だ。

「俺、バ、バカだから。今日だって無理やり外に連れ出したし」

もうこれ以上話したくない。話せば話すほど、彼女の顔が頭に浮かび、泣きたい気持ちが強くなる。……泣きたい?どうして俺はこんなにも泣きたいんだ?

「そんなことしても、伊東の病気は治らないって本当は分かってたんだ。でも連れ出した」

「どうして?」

「こ、このままじゃ駄目だって思ったんだ。何か探さないと、探さないと伊東は……」

「あなた、小春のことが好きなのね」

おばさんの言葉が、すっと俺の体の中に溶け込んだ。

「俺……」

自分の気持ちに気づいた瞬間、俺の目からたくさんの涙がこぼれ落ちた。


そうか、そうなのか。何かしてあげたい気持ち。愛おしく思う気持ち。何も出来ない自分が歯がゆい気持ち。泣きたい気持ち……。これは彼女が好きだから思う気持ちなんだ。


「小春が目を覚ましたら伝えてあげて。きっと喜ぶから」

おばさんはすっと立ち上がった。

「さてと、しばらく入院することになったから、その準備してくるわ。梶山君、小春のそばにいてあげてね」

俺はこくんと頷いた。おばさんは彼女に似た笑顔を見せて病室を後にした。俺は目線を彼女に移した。彼女は何も知らない顔でスヤスヤと眠っている。

「何ぐっすり寝てんだよ。はやく起きろよ、ドジっ子」

俺はぐすっと鳴る鼻で呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ