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夏休みの教室  作者: ひぃ
5/9

第5話:3日目(2)

あんなに暑かった外が、太陽が傾いてだいぶ涼しくなっていた。

「もう6時、はやいですね」

俺たちは水族館の近くにある海岸を歩いていた。俺たち以外にも、数名のカップルがいた。

「今日はとっても楽しかったです」

彼女が俺の方を振り向いた。

「別に。礼言われるほどのことしてないし」

「いいえ、私にとっては最高の1日でした」

彼女は砂浜から小石を拾って、ぽちゃんっと海に向かって投げた。俺は岩場を探して、そこに腰掛けた。夕日を浴びた彼女の横顔はとても綺麗だった。彼女は適当な石を捜しては、海に放り投げていた。

「ねぇ、梶山君」

「何?」

「私の病気のこと、知ってるんですか?」

ぽちゃんっ。

彼女が投げた石は、吸い込まれるように海の中に消えた。

ぽちゃんっ。

俺の心の中にも石が投げ込まれた。今まで静かだった心の海が、石が落ちた場所から波紋が作られ荒れだした。

「……」

「隠さなくてもいいんですよ」

彼女はずっと海を見ている。

「どうして知ってるって分かった?」

「私も確信があったわけじゃないんです。でも、今朝から梶山君の様子がおかしかったし、もしかしたらって思って。当たっちゃいましたね」

ふっと小さく微笑んだ彼女はまた石を投げた。彼女が石を投げる度に、俺の心に波紋が広がり、ぐらぐらと不安定な気持ちになった。

「……心臓の病気っていうのは、本当?」

「……本当です」


なんてことだ。

気付かないようにしていたのに。

嘘だと思っていたのに。

すべてのことに蓋をしていたのに。

蓋が彼女の返事で取れてしまった。


「そう、なんだ」

蓋が取れても、なんとか必死で言葉を出した。

「でも治るんだろ? だって薬だって飲んでるんだし」

彼女は俺が期待していた返事はくれなかった。彼女は頭を落とし、首を横に振った。そして俺の方へ体ごと向けた。

「もう治らないんです。これ以上、薬を飲んでも、病院に通っても」

そう言った彼女の顔は涼しい顔をしていた。もう全てを知っていて、運命を受け入れているようだった。

「そんな、だって小さい頃から病院行ったりしてるんだろ? なのに治らないって……」

小さい頃から病気と闘って、満足に遊ぶことさえ出来なくて……。あんなにたくさんの薬を飲んでいるのに治らないだって? そんなことってないだろう?

「私、少ししか学校に通えなかったけど……今の高校に通えて幸せなんです」

彼女は笑顔で話し続けた。

「友達は……やっぱり作るのは難しかったけど、でも大好きな勉強が出来たし、ヤマ先生は良くしてくれたし、それに……梶山君に会えた」

彼女はちょっと頬を赤く染めた。

「高校の入学式のとき、梶山君、友達とグラウンドでサッカーしてましたよね?」

「あ、あぁ。ユウジたちと」

「そのときの梶山君を見て、すっごく楽しそうだなって思ってて、いつの間にか見入っちゃって。ボールが私の方に飛んできたとき、梶山君が走って私を守ってくれたんですよ」

すぐに好きになっちゃいました、と彼女は恥ずかしそうに言った。

「2年生になって病気が悪化して、入院する日が多くなって。3年生に上がることが出来ても、留年決定だったのは分かってたんです。学校を辞めて治療に専念しなさいって両親に言われたんですけど、辞めるなんて出来なかった」

彼女の静かな声が、だんだんと震え、よく見ると小さな肩が細かく震えていた。

「辞めたら一生、梶山君を見れなくなっちゃう……それがとても怖くて出来なかったんです。話が出来なくても、見てるだけでよかった……なのに、3年生で同じクラスになれた」

彼女は顔を伏せ、スカートの端をぎゅっと握っていた。その小さな拳もかたかたと震えていた。

「同じクラスになれてすごく嬉しかった。始めは見てるだけでよかったのに、梶山君に近づきたいって思うようになったりして、どんどん我が儘になってラブレターなんか書いたりして!」

顔を上げた彼女は、目を真っ赤に腫らして、大きな瞳には涙が溜まっていた。

「梶山君を好きになって生きたいって思ってしまった! もう諦めていたのに、もう分かっていたのに! 一度手放したのにまだ死にたくない! まだまだ生きていたい! 梶山君と一緒にいたい! 生きたいよっ!!」

俺は立ち上がり、彼女をぎゅっと抱きしめた。すっぽりと隠れてしまった彼女はひっく、ひっくと鼻を鳴らし涙を流した。その度に彼女を抱きしめている俺の腕に力が入った。

「……梶山君を好きになったこと、嫌になって後悔したことがあるんです。出会わなければよかったって。でもそんなこと思ってちゃ駄目なんですよね。あのときの私は、恋してることで生きてるって感じてたんですから」


なんて。

なんて愛おしいんだろう。

俺は……俺は……。


「伊東……俺は何をしたらいい?何をあげたらいい?」

彼女はくすっと笑い、涙を拭いてこう言った。

「梶山君は何もしなくていいんですよ。だって、いろんなものを貰いましたから」




しばらくして、ピリリッと聞いたことがある音が鳴った。

彼女の薬の時間だ。

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