表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏休みの教室  作者: ひぃ
4/9

第4話:3日目(1)

「梶山君、大丈夫?」

「え?」

彼女の声で俺ははっとした。

「えっと……?」

「今朝から何だかおかしいですよ?体調が悪いんですか?」

彼女が俺の顔をのぞき込んだ。俺は目の前にある彼女と目があった。しかしぱっと視線をはずした。

「きっと慣れないことしてるから、ちょっと疲れたのかも」

「じゃ、休憩しましょ。私もちょっと疲れちゃいましたから」

彼女は小さく笑って言った。


昨日のユウジの話のせいで、まともに彼女の顔が見れなかった。どうやって彼女に接したらいいのか分からなくなってしまった。今までどうやってきたんだろう、思い出せない。

すると突然、昨日も聞いた携帯電話の音が鳴った。彼女の薬の時間だ。

「あ、もうお昼なんですね。今日もコンビニですか?」

彼女はカバンの中から、小さな弁当と巾着袋を机の上に置いた。あの巾着袋には、幾つもの薬が入っているのだ。それを見た瞬間、俺は急に立ち上がり、机の上のものを片づけた。彼女が不思議そうな顔で俺を見た。

「今日は昼までですか?」

「伊東も片付けて」

「え?」

「課外授業するんだよ」




夏休みの街中は、平日とはいえ人が多かった。お昼時なのでサラリーマンたちが飲食店に列を作っていた。時々、学生らしき若い人たちも歩いている。

「ど、どこに行くんですか?」

彼女は俺に手を引かれている。俺は構わず、ずんずんと人波をかき分けて進む。そしてある喫茶店に入った。

「アイスコーヒーと……伊東は?」

「え? ええーと、レモンティ」

「それください」

俺は財布を出してお金を払った。そして彼女に席を取って待つように言った。彼女は戸惑いながらも俺の言うとおりにした。


2階席のフロアに行くと彼女が手を振った。客は少なく、スーツ姿のサラリーマンと、若いカップルがいた。

「ど、どうしちゃったんですか?」

彼女はぎこちない話し方だった。俺はアイスコーヒーを一口飲んだ。

「言ったろ? 課外授業だって。行きたいとこあったら言って?」

「行きたいとこ、ですか? で、でも突然……」

「伊東には昨日先生になってもらったから、今日は俺が先生。ただそれだけ」

……実は俺自身、どうしてこんなことをしたのか分からない。教室で薬を見たとき、昨日の話とあの巾着袋が、ぐるぐると頭の中で回っていた。そして気づいたら、彼女の手を引いて街中まで来てしまったのだ。

うわぁ……。俺、とんでもないことしちゃったのか?

「……あそこに行きたいです」

「え? どこ?」

「新しくできた水族館です」




街からいつもの駅前に行き、そこから電車に乗った。新しくできた水族館は4つ目の駅で降りる。

「うわぁ、着いてしまいました」

水族館の入り口ゲートが俺たちを出迎えた。イルカ2頭が向かい合って入り口を作っていた。彼女は目をキラキラさせて水族館の中へと入っていく。俺はチケット売り場で入場券を買った。

「あ、お金払います」

「いいんだって」

俺は入場ゲートの係員にチケットを見せた。

「どうぞお楽しみくださーい」

係員の言葉を背中に受けて、俺は彼女の手を引いた。初めは遠慮していた彼女も、だんだんと雰囲気に馴染み、笑顔を見せるようになった。


「梶山君、イルカショーってありますよ」

チケットと一緒に渡された館内のマップには、午後から始まるイルカショーのタイムスケジュールが書いてあった。するとタイミングよく館内放送が流れた。

『本日午後4時から南の大プールにて、イルカショーを行います』

「4時から……あと30分後ですね」

彼女が携帯電話の時計をみた。

「行く?」

「え、いいんですか?」

「まぁ、水族館に来たら普通は、ショーを見ると思うけど」

「えっ! そうなんですか!」

驚いた彼女はぽつりと、そうなんだ……と感心しているようだった。


俺は、もしかしたら彼女は、今まで水族館に来たことがないのかも……と考えていた。

入っていきなり、大きな水槽に歓喜をあげて、額をぴったりとくっつけて見入っていたし。サメが近づくと驚いて俺の後ろに隠れたし。ガラス張りのトンネルに入れば、

「すごいです!私海の中を歩いてますよ!」

と、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。



「もしかしてさ、水族館……初めて?」

南の大プールに着いて聞いてみた。

彼女は、えーと……と口を濁した。

「実はそうなんです。生まれて初めて、なんです」

「生まれて?! へぇ、今どき珍しいね」

「……出かけるなんて、学校と病院しかなかったですから……」

そう言って彼女は肩を落とした。なんとなく重たい空気になってしまった。

あぁ!!俺またやってしまった。本っ当、進歩がねぇんだよな。本当に俺ってバカだ……。

「あ、始まるみたいです!」

会場に音楽が流れ、イルカたちが一斉にプールから飛び跳ねた。観客席からは拍手と黄色い歓声があがった。彼女も一緒になって手を叩いている。とても楽しそうだ。

うん、後悔しても仕方ないよな。次はやらかさないように……。

「す、すごいです!イルカって頭がいいんですねーっ!」

「そうだな。伊東とどっちがいいのかな」

「それは……イルカさんですよ!」

彼女は俺のほうを見てにこっと笑い、またプールのほうへ向いた。


今、彼女は元気に笑っている。

目の前にいる子が心臓の病気だって? そうとはとても思えない。こんなに体全部を動かして喜んでいる。

……もしかしてユウジの奴、俺をからかっただけなのかもしれない。病気なのは確かだけど、そんなに重たいものじゃないのかもしれない。実際、薬は飲むけど、急に倒れたり、苦しそうな態度は全然ないじゃないか。そうだ、気にすることはない。普通でいいんだ……。

そんな言葉が俺をいっぱいにし、俺も彼女と一緒にショーを楽しんだ。そんなイルカショーは、大きな拍手を受けて幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ