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夏休みの教室  作者: ひぃ
2/9

第2話:1日目

「伊東小春?お前クラスメイトの名前も覚えてないのか」

ヤマ先生が呆れた顔で言った。


今夏休み真っ最中。なのに俺は真面目に学校に来ている。今日から1週間、みっちり勉強をするためだ。本当はサボりたくて仕方がなかったけれど、朝から母親の猛攻撃に遭い、しぶしぶ学校に来た。そして今、教室でヤマ先生に勉強を教えてもらっているのだ。

「いくら俺だってクラスの奴らは覚えてますって」

俺はむっとして答えた。

ヤマ先生はガハハと豪快に笑った。俺は昨日、机に入っていたテストの答案用紙をヤマ先生に見せた。ピンクの封筒に入っていたのは秘密にした。ヤマ先生の性格からして、面白がって俺で遊ぶだろう。それに伊東って子の立場を考えても、打ち明けないほうがいいと思った。ヤマ先生には、間違えて入っていたと伝えた。

「そうだな、伊東は滅多に学校に来ないからな」

「え、じゃあ本当に同じクラスの?」

「そうだ。お前達のクラスメイトだ。ちょっとした事情があって、学校を休みがちなんだがな。そうだな、このクラスになって始めの頃は来ていたんだがな」

「そうなんですか……」

俺は初日のころを思い出してみた。けれど伊東小春……なんて子は、やっぱり分からなかった。かわりに頭に浮かんだのは、親友ユウジの寒いギャグだった。

確かあいつ、自己紹介で寒いギャグを連発してたんだよな。「あ、そういえば今日から伊東が登校してくるんだ」

「え? 登校?」

思い出から急に現実に戻った。

「なんで? 今夏休み……あ!」

ピーンッと俺の頭が閃いた。今日の俺は冴えてるぞ!

「あれでしょ? 俺のお仲間なんですよね? 学校休んでんだもん、テストは赤点で間違いないっす!」

「ばーか、お前と一緒にするな。だいたいこのテスト見たら分かるだろ」

ヤマ先生はひらひらと俺の目の前に、伊東小春のテストをちらつかせた。ま、まぁ確かに、数学98点を取るやつは赤点なんてないんだろう。じゃあ、どうして学校に?

「ま、お前は自分のことだけ考えろ。このプリントが出来たら持って来いよ」

ヤマ先生はびっしりと問題が詰まっているプリントを俺に渡した。白い紙のはずなのに、なんだか黒い紙に見える。

「これが終わったら帰っていいっすか?」

「何言ってる。終わったら休憩だ。まだまだあるんだからな」

ぐへっ。鬼だ、鬼。ヤマ先生はニヤリと笑い教室を出て行った。

「きっと雑用とかもやることになるんだろーな……」

今日職員室に行ったとき、ヤマ先生の机の上には、大量のプリントがあった。何気なくプリントのことを聞くと、

「これは後で整理させるもんなんだ」

とヤマ先生は答えた。『させるもん』……俺にやらせるつもりなんだ。

「ちっくしょー、ヤマ先生め……」

そう呟いたとき、教室のドアが開いた。俺はヤマ先生が入ってきたと思い、

「ご、ごめんなさい!」

と頭を下げた。

「え、えっと……」

「???」

頭を上げると教室に入ってきたのは、なんと昨日教室にいた女の子だった。彼女は困ったような顔をしていた。

「ごめんなさい……? それって……」

「あ、い、いや」

「わ、分かりました。そうですよね、断って当たり前ですよね」

「は?」

何を言っているんだ、この子。まるで話が見えない。俺は彼女を落ち着かせようとした。

「あのね、俺先生と君を間違えて」

「いいえ、いいんです。分かってたことなんです。私がフラれることは……」

彼女はますます分からない話をしている。フラれる? 断って?……ぐるぐると頭の中に、つながらない言葉が回った。

「ま、まって! フラれるって君、フラれたの? 誰に?」

「!!……何言ってるんですか? 今さっき私にごめんなさいって言ったじゃないですか!」

「今のごめんは、君とヤマ先生を間違えたんだよ。てっきりヤマ先生だと思ってたから」

「あ、そ、そうなんですか」

彼女は顔を真っ赤にして俯いた。サラッと肩までの髪の毛が、彼女の顔を隠した。

「……あ、えっと君は?」

彼女ははっとして顔を上げた。頬が林檎のように赤かった。

「わ、私、伊東小春です。……知らないかもしれないんですけど、同じクラスなんですよ」

「あっ……!」

伊東小春。君がそうだったのか。俺はヤマ先生の話を思い出した。ー事情で学校を休みがちなクラスメイト……。そうか、君が……。

「そう言えば、昨日教室にいたよね? 何してたの?」

「えっ! えっと、手紙……」

「手紙?」

「はい。手紙、読んでないですか?」

手紙? そんなもの……あ。

「もしかして、これ?」

俺は昨日の答案用紙を渡した。受け取った彼女の顔が、だんだんと青ざめていった。

「手紙はなかったけど、封筒に入ってたよ?」

「あ、あ……」

「えーっと、大丈夫?」

「……」

彼女は言葉が出ないらしく急に話さなくなった。相当落ち込んでいるみたいだ。

「ま、まぁ間違えることはよくあるよ、うん」

「……」

「俺だって違う教科書を広げたりするし」

「……」

……俺、何必死でフォローしてんだ?しかもフォローになってないような?だ、大丈夫かな、この子。

「伊東さん?」

俺が彼女の名前を呼ぶと、それを合図に彼女の体がふっと後ろに倒れてしまった。ガタガタッと机がぶつかり合い、床をこする音も響いた。

「伊東さん!?」

びっくりした俺は、彼女を抱えて、勢いよく教室を飛び出した。




スースー……。

彼女の寝息が聞こえる。

ここは保健室。夏休みなので保健の先生はいなかったが、他の先生に事情を話し、保健室を開けてもらった。

「えっと山口先生の生徒さんね?山口先生に伝えておくから」

「あ、お願いしまーす」

俺はぺこりと頭を下げた。そして寝ている彼女の側にあるイスに座った。

「……やっぱりドジっ子なんだ」

昨日のドアといい、今日の倒れ方といい、漫画に出てきそうなくらい見事なものだった。

「頭打ってないといいけど」

「……ん」

彼女がゆっくりと目を開けた。ドジっ子のお目覚めだ。

「ここは?」

「ここは保健室だよ」

「!! か、梶山君!? どうしてここに」

「伊東さん、急に倒れちゃってさ。保健室に運んだんだよ。覚えてない?」

彼女はしばらく考え、あっ!と、小さく呟いた。そして深々と頭を下げた。

「本っ当にごめんなさい! 私って小さいころから人に迷惑かけてばっかりで……。本当にごめんなさい」

「い、いや、そんなに謝ることないよ。びっくりはしたけど」

「……ありがとうございます。そう言ってもらえるだけで嬉しいです」

彼女はニコリと笑った。口元には小さなえくぼが見えた。自然と、あの可愛い唇に目がいった。

「いやいやいや。俺何見て……」

「どうかしたんですか?」

きょとんとした彼女。俺は何でもない、と頭を振った。ちょっとクラクラした。

「あ、あの」

「え、何?」

彼女が言いづらそうな顔をしていた。掛け布団をぎゅっと握りしめている。

「あのテストのことなんですけど」

「あ、あぁ」

「私本当はテストじゃなくて、私の気持ちを渡したかったんです」

元々、小柄な彼女がますます小さく見えた。肩がかすかに震え、瞳にはうるうると涙が溜まっていた。

今さら言わなくても、俺には彼女が何を伝えたいのか、それぐらい簡単に分かっていた。しかし俺は黙って彼女の言葉を待った。彼女の口から直接聞きたかった。何故なら俺は、今まで『愛の告白』を受けたことがなかったのだ。

「わ、私……」

彼女の言葉に反応して、ごくんと唾を飲み込んだ。手に汗が流れた。喉がカラカラで、体温がどんどん上がっていく。心臓が壊れそうなくらい、鼓動を打っている……。俺は、今まさに、初体験をしているのだ。

「私、梶山君のことっ!!」

きたーっっ!!

俺の体温が限界点を突破したとき、保健室のドアが急に開いた。続いて、どたどたと騒がしい足音が入ってきた。

「伊東! 大丈夫かっ!?」

振り返るとヤマ先生が汗びっしょりの顔で立っていた。俺と彼女は目を丸くしてヤマ先生を見た。

「せ、先生……」

「今日は特に暑いからな。やっぱり無理させるんじゃなかったな……ってあれ、梶山? 何でこんなとこに?」

ヤマ先生は、ぶすっとした顔の俺を見つけた。何で? 俺が運んだんでしょーが!!……そう言おうとしたとき、彼女が説明をしてくれた。

「先生、梶山君がここまで運んでくれたんです」

「そうなのか、そりゃ悪かった。ありがとな」

「いえ、別に」

「なーに、ふくれてんだ? あ?」

「何でもないっす」

俺とヤマ先生の会話に、彼女がクスクスと笑った。

「あ、伊東さん、後ろ頭大丈夫? 強くは打ってないから、大丈夫だと思うけど……」

彼女は自分の後ろ頭をさすった。ヤマ先生が心配そうな顔をした。

「ちょっとたんこぶが出来てるかも」

と、彼女は小さく笑った。

「伊東、もう帰れ。体調が良くなってから来ればいいから」

「あ、私はもう大丈夫です。別に発作で倒れたわけじゃないんです。明日から学校行きます」

「そうか? まぁ無理だけはするなよ?」

こくんと彼女は頷いた。ヤマ先生は、よしっ……と両手をパチンと叩いた。

「梶山、お前はもういいから伊東を送ってくれ。また倒れたら大変だ」

「えっ。じゃあプリントは……」

「明日にまわす。明日やれ」

はぁ……そう上手くいかないですね。俺は肩をがっくりと落とした。彼女はまたクスクスと笑った。ヤマ先生は、これから会議が始まるようで、俺によろしくな、と一言だけ残して出ていった。

「……さてと、どうしようか。すぐ帰る? それともまだ休む?」

「今日は……帰ります」

彼女はにこっと笑って掛け布団から体を出した。俺はさっきの告白を期待していたので、ちょっと残念だった。

ま、空気も途切れちゃったし無理ないな。……でも俺、何て答えるつもりだったんだ?

「分からん」

「え?」

「あ、いや独り言。えっと、カバンは教室?」

「あ、はい。多分倒れたときに落としたと思うので」

「俺取ってくるから、靴箱で待ってて」

軽く彼女に手を振って保健室を出た。




「これだよね?」

俺は彼女にカバンを渡した。

「ありがとうございます」

と、彼女は会釈した。

「どうやって帰るの?」

「駅前からバスに乗るんです」

「あ、俺も駅前からバスに乗るよ。じゃ駅までな」

俺たちは2人並んで学校を後にした。



2人で歩き出して数十分が経った。会話が弾まず、俺は1人パニックになっていた。よく考えたら俺ってば、女の子と2人っきりは生まれて初めてだった。

「ご、ごめんな」

謝った俺に彼女はびっくりした顔をした。

「俺何もしゃべれなくて。いつもは違うんだ。ユウジ達といるときはしゃべれるんだけど。何だか緊張しちゃって」

「わ、私もなんです。私も緊張して……。男の人と一緒って初めてだから」

「そ、そっか」

俺はちょっぴり嬉しくなった。彼女も自分と同じことを思っていたことに。そうと分かると、今までカチカチだった心と体が解けだし、ぺらぺらと話が出来るようになった。彼女はうんうんと頷き、笑ってくれた。いつの間にか、彼女が笑ってくれることに嬉しさを感じるようになった。

「あ、俺5番乗り場」

あっという間に駅に着いた。

「私は10番なんで。じゃ、ここで」

彼女がぺこっと頭を下げ、バス停へ歩き出した。

「あ、あのさ!」

俺は彼女を呼び止めた。

「あの、気になってたんだけど敬語やめない? 俺ら同級生だしさ」

「あ……うん」

彼女は頷き、また頬を赤く染めた。

「じゃ、じゃあまた明日な」

「うん、また明日!」

彼女はバス停のほうへ走っていった。途中、何もないところで躓いた。俺はひやっとして、彼女のもとへ駆け寄ろとした。しかし彼女は、バランスを取り、こけることはなかった。俺のほうへ振り返って、手を振った。自分は大丈夫だ……と伝えているのだろう。

「ドジっ子……」

俺はぷっと笑った。そして手を振りかえし、5番乗り場に向かった。



また明日……か。

俺は揺らぐバスの中で考えていた。あんなに学校に行くのが憂鬱だったのに、伊東小春が現れてすっかり変わってしまった。

「伊東……小春」

俺はゆっくりと目を閉じ、明日を夢見るため眠りについた。

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