別れと誓い
いつもと同じ朝がきて、いつもと同じ納豆のある朝食を食べる。もはや飽きるほど同じ事の繰り返しを眺めながら、私はエドへの別れの言葉に迷い、上の空だった。
いつものように『始原の家』にいくだろうとエドは馬車を用意していたが、私が二人きりになれるところに行きたいとリクエストしたので驚いていた。
それでもエドは少し考えて馬車を走らせた。普段と違う私の様子に何かを感じ取ったのかもしれない。
しばらくすると小さな人工池が作られた中庭に出た。そのほとりには休むための東屋がある。そこまで歩いていく。よく晴れた日の光が池の水をキラキラと輝かせて綺麗だ。
「ここなら誰に聞かれる事もないだろう」
確かに見晴らしの良いここで、盗み聞きもできない。それにこの綺麗な景色を見させてくれたのも、エドなりの気遣いなんだと思う。
私はできるかぎり丁寧に今起こっている状況について説明した。エドが理解するには難しいところもあったけど、エドは最後まで聞いてくれたし、私も言葉の限りをつくした。
そうして最後にこう締めくくった。
「だからね。私はすぐにでも帰らなきゃいけないんだ。だから……前に話した事の答え。私はエドと一緒にいられないんだ……」
言ってしまってから、アルに告げた以上の後悔が押し寄せてくる。どうしようもない事なのにエドと別れたくないという思いが今もある。
涙がにじんで視界がぼやける。よく晴れた日差しがまぶしい。
ふとエドはどんな顔をしているのかと思いエドの顔を伺う。それは意外な事に何かを悩む姿だった。
てっきりショックを受けて傷ついた顔をしていると思ったのに。しばらく無言でエドが悩んだ後こう言った。
「明は帰らなければいけない。それなら私が明と一緒にそちらの世界に行く事はできるか? できたならこれからも一緒だろう」
驚きのあまり開いた口が締まらない。冗談とは思えない。エドはそんな冗談を言う人とは思えないし、今だって生真面目な表情をしている。
だから私も真剣に考えてみた。私が元の世界に戻るように、エドもまた世界をわたってあちらの世界に行かれるかどうか……。
「……やってみなきゃわからないけど、できるかもしれない。でもいいの? もうこの世界には戻ってこれないよ」
エドは私から目をそらし池の方を向いた。池に魚でもいるのか、鳥がそれを狙って水面ではためいている。
「前に明が言っていたであろう。帝になりたいかどうか。あれから色々考えた。そして思った。自分は本当は帝になりたくなかったのだと。だがなりたくなくてもそれが役目だというなら、しなければいけない道だ。やり通すつもりだった」
エドの独白は私の相づちなど必要としないように、とうとうと続いた。たぶんこの事をずっと一人で考えてきたに違いない。
「だが今の帝国は危うい。私が帝になる事を危惧する物も多く、私が帝になるまでの間に多くの血が流されるだろう。私はその光景を見たくない。でも、だから異世界に逃げ出すわけではない」
今度はエドが私を真正面から見て私の手をとった。強く握りしめながら言いつのる。
「私は明が好きだ。だからこの国もこの世界もすべて捨ててついていっても構わない。そう思ったから言った。それぐらいお前の事が好きだ」
それは恥ずかしいぐらいに直球の愛の告白だった。普段口数の多い方ではないが、だからこそ飾り立てることなく、素直に語られる思いに胸を打たれる。
そしてエドの想いが本気なのだと実感する。
「もう二度とこの世界に帰ってこれないよ」
「わかっている」
「今日はもう時間がない。次の今日になったらエドは今の言葉を忘れてしまうよ。それでもいいの?」
「私は変わらない。例え忘れたとしても、もう一度明からこの話を聞いたなら同じ事を言う。だから気にするな。私を連れて行ってくれ」
負けたと思った。すべてを捨てて着いていくと決心したエドの心に、私はかなわないと思った。同時にとても嬉しかった。もう二度と会えない覚悟だったのに、私とともについてずっと側にいてくれると言ってくれる。その事が何より嬉しくてしかたなかった。
「明。返事をしてくれ」
エドのじれたような言葉に私は小さく頷いた。
「私もずっと側にいてほしい」
エドは私を腕の中に攫ってきつく抱きしめた。エドの激しい胸の鼓動を直に耳に感じる。落ち着いて見えるエドの中にこんなにも激情があるんだ。そのことは私を驚かせた。
もしかしたら本当はもっと豊かな感情の持ち主なのかもしれない。ただ今までは皇子として押さえつけてきただけで。
甘い空気に包まれながらしばらく無言でそのまま時を過ごした。この時が終わってしまうのを惜しむように。