戸惑いの日々と不思議な家5
その日の朝は自然と目が覚めた。妙に寝覚めの良い朝だった。目を開けると隣にエドとアルの寝顔が見える。
不思議な気持ちになる。こんなにずっと一緒にいたけど、寝顔なんて見た事無かったな。
アルは寝相が悪くて布団からはみ出している。改めてみると男にしておくのがもったいないくらいに綺麗な顔をしている。エドは子供みたいに枕に抱きついて寝ている。浴衣が少しはだけてセクシーだ。
そんな様子を微笑ましく思いながらしばらく眺めていた。しばらくするとまず先にエドが目を覚ました。枕を手放してまぶしそうに見上げる。目があった。
エドは私が見ていた事に気がついて、何だか恥ずかしそうに目をそらした。うっすらと頬が赤くなるところもその仕草も妙に色気がある。
そのエドが恥じらう様子をクスクス笑っていたら、後ろでアルがいきなりがばりと起き上がって言った。
「腹が減ったな」
「朝、目が覚めて第一声がそれ?」
私は腹を抱えて大笑いした。アルは不機嫌そうに口をへの字に曲げた。なんてことない日常それが本当にかけがえなく思える。
その後大広間で、ジルも交えて四人で朝食を食べた。今日の朝食にはなんと納豆がでてきた。
「なんだ! これは。変な匂いがするぞ」
「腐ってますね……これ」
驚き慌てるアルとジルを笑いながら、私とエドは平然と納豆をかき回し始める。
「明、醤油はいるか?」
「ありがとう。からしある?」
まるで当たり前のように私達がそんな会話をしていたので、どうやらこれは食べ物のようだと二人は認識してくれたようだ。それでも不気味そうによけて食べようとしない。
「美味しいのにね」
「そうだな」
熱々ご飯に納豆というのは素晴らしいなぁと、久しぶりの納豆に感動しつつ朝食を終えた。それからすぐ私とエドは『始原の家』に向かった。もはやこれが日課になりつつある。
さてどうしたものかと考えて、今日、この後起こる出来事を小説にして書いてみようと思った。とんでもなく大事から些細な事まで書いてみて、どこまでこの世界に影響力があるか実験してみようと思ったのだ。
そう例えば聖マルグリット王国と魔方陣で一瞬で行き来できるようになって、今日の午後両国の親睦を深める昼食会とかが開かれるとか。書きながらなんとなくモンブランが食べたい気分だったので、昼食会のデザートはモンブランにしてみた。
そこまで書き終えて12時になったので帰って世界の変化を観察してみる事にした。まず昼食は何も変わらずいつもの和定食だ。特にめざましい技術革新があったり、王国と帝国の親睦会があったりという報告もない。そしてそのまま食後のお茶になった。
今日は天気が良かったので、中庭にある東屋でお茶をしようという事になった。
そのお茶の時に、お茶菓子としてモンブランが出てきた。思わず目が点になった。エドも珍しそうに見ている。
「最近都で人気のある菓子店の新作です。今日は取り寄せてみました」
毬夜がそのように解説してくれる。なるほど。そうきたか。結局私がその日書いた小説で実現したのはこのモンブラン一つだけだった。
それをジルに話すと興味深そうに言った。
「おそらく物語としてつじつまの合わない事は実現しないのでしょう。あらかじめ伏線があったりすれば別ですが」
お茶菓子をモンブランにする程度は、伏線なしでも許容範囲という事だ。しかしなかなか難しい。そうなると大災害をなくすなんて大事をやり遂げるには、これから時間をかけて伏線をはっていくか、今までのストーリーを生かして上手い解決策を考えなきゃいけない。
これから毎日同じように午前中は執筆、午後はその結果観察と対応策の検討を繰り返してみよう。そんな話になった。
午後はみんなで話をしている間にあっという間に日が傾いていく。もうじき夕方になるかという頃、ジルがアルに何か目配せした。エドも何かわかっているようだ。アルは小さくため息をついて、小さく「このお節介者どもめ」と呟いた。
「どうしたの? みんな」
私が不思議そうな表情で見ると、ジルとエドはそそくさと席を立った。アルと二人だけ残されて、アルは真剣な表情になる。なんだか嫌な予感がする。
私も逃げだそうと立ち上がりかけて、アルに手を掴まれ引き留められた。
「話がある。大事な話だ」
アルの言葉が本気すぎて茶化す事も、逃げる事も出来ずまた座り直す。東屋がしだいに夕焼け色に染まっていく。ふとカナーン公国で見た夕焼けを思い出した。血のように赤い夕暮れが悲劇の前触れのように、私を不吉な気分にさせた。