花の都で迷える少女2
しばらく落ち着かない気分でごろごろしていたら、夕食の案内役の人がやってきた。長い廊下をうねうねと歩き、大広間にたどりつくとすでに私以外は全員席に着いていた。
あれ? と思ったのがエドの服だった。今までは軍隊っぽい洋風の服装だったのに、今は黒い浴衣に着替えている。これが帝国の室内着なのかな?
そう言えば街中を歩く人も、着物と洋服半々だった。和洋折衷、日本らしいといえばこの上なく日本らしい。
私はなぜか上座に座らされ、左右にアルとエドがいて、その奧にジルがいる。
私が座るとお膳を持った人たちがやってきて、それぞれの前に置いていく。
白いご飯に味噌汁、お漬け物に焼き魚、いもの煮物とおひたし。うん、めっちゃ和風だね。そんなに贅沢な食事ではなかったのでほっとした。アルとジルは慣れない箸を片手に格闘していた。ジルはすぐにナイフとフォークに変えてもらったのに、アルは意地をはって箸を使いこなそうと苦戦している。
そんな様子を微笑ましい思いでぼんやりと眺めていた。
「食べないのか?」
アルに言われて箸に手を付けていなかった事に気がつき、いただきますの挨拶をして箸と味噌汁を手に持つ。
まずは一口味噌汁をすする。その瞬間、心の奥でもやもやする感じがした。今まで聖マルグリット王国や、宇治の旅館とか帝国料理を何度も食べていたが、それぞれ微妙に味が違っていた。そして今口にした味噌汁は今までで一番お母さんの作る味噌汁の味に似ていた。
こみ上げてくる思いをかき消すように、おひたしを口にする。すりごまであえたおひたしは甘さ控えめで、やっぱりお母さんの味に似ていた。出汁が効いてて甘さ控えめな煮物もやっぱりお母さんの味で、私はそこまで口にしただけで箸を降ろしてしまった。
「どしたのだ? 明。なぜ泣いている?」
エドに言われて私は頬を両手で触った。濡れている。なんで、なんで泣いてるの私?
「料理が口に合わなかったか?」
私は首を横に振った。口に合わないんじゃない。その逆に合いすぎるのだ。おひたしはお姉ちゃんの好物で、いもの煮物は私の好物で、この二つはよく我が家の食卓に上った。
いつもは家族で食べていたこの料理を、エドやアルやジルと食べている。それが今さらながら不自然な気がした。
簡単にいってしまえばホームシックという事なんだろうが、そんな生やさしい物じゃない。今まで帰る事を後回しにしてその思いにフタをしていたのが、一気に開いて感情があふれてくる。
「お母さんの味みたい……。お母さんやお父さんに会いたい……帰りたいよう……」
こぼれ出てくる言葉は幼児のように拙い言葉で、でもそれだけでみんなに私の言いたい事が伝わったみたいだ。みんな私を可愛そうな目で見ている。
しんと静まりかえる空気が気まずい。私のせいだ。
「明……」
エドが何か慰めの言葉をかけようと口を開く。でも今の私は自分自身の感情を落ち着かせるので精一杯で、とてもじゃないが他の人に気を回す余裕なんて無かった。
「ごめん、すぐ戻ってくるから」
私はそれだけ言って部屋を飛び出した。みんなのいる大広間から少し離れた廊下の片隅に座り込む。
誰も見てない。誰も聴いてない。だからもう我慢しなくていいよね。
私は声をあげて泣いた。自分でも何を言ってるのか良く分からなかったけど、とにかく無性に家が恋しくてしかたない。
長い異世界生活に慣れてきて忘れかけていた日本という世界が、ここにきてぐんと身近に感じられてきた。帝国は日本にあまりに似すぎてる。あの料理も、和室の畳も、着物も、日本そのものみたいなのに、ここは日本じゃない。
忘れたままならこんなに苦しい思いをする事はなかったかもしれない。どうしてこの世界は日本を忘れさせてくれなかったんだろう。
ひとしきり日本恋しさに泣いて帰りたいと思った後、振り子の針が戻るようにふとわき上がる感情。
でも日本に戻ったらこの世界で出会ったみんなと二度と会えない……。
それもまた私の心を苦しめた。日本に帰りたい想いと、みんなと離れたくない想い。二つの想いに身を割かれるような気持ちになって混乱した。
ゆっくりと深呼吸を繰り返し、心を静めようとする。日本に帰るか、残るか、どちらかを選ぶなら私は帰る。だってこんなに日本が恋しい思いのまま、この世界にいられない。今までいられたのは、いつか帰ると思っていたからだ。
だったらみんなと別れる覚悟をしなきゃ。やっぱりジルの言う通りだ。私は別れの時が怖くて心の中でわざと壁を作っていた。
大災害は解決する。そうしたら日本に帰る。その時に悔いを残さないように今を大切にしなきゃ。そう思う事で自分自身を奮い立たせた。