血まみれ皇子と茨の道5
翌日予定通り京へと向かうため、蒸気機関車に乗った。ジルとアルは巨大な金属の固まりが馬車よりも速く動く姿に初め興奮していた。そしてエドは昨日の事を気にしているのか、わざと私を避けているような気がする。
私はそんなみんなの姿を冷めた目でみていた。結局朝まで悩んでも解決しない問いにまだ悩んでいたからだ。
そんな私の変化に一番最初に気づいたのはジルだった。
「もし悩み事があれば聞くだけ聞きますよ」
こっそりささやかれて、なんでわかるんだろうコイツと思いつつ場所を移した。4人掛けの個室席に向かい合わせに座る。窓の外の景色は流れる雲よりも早く、刻々と変化していく。真正面に見ながら恋愛相談なんて恥ずかしくて、目線は窓の外を見たままだ。
「エドガー殿下と何かありましたか?」
「どうしてそう思うの?」
「殿下が不自然に避けているように見えましたし、アルフレッド殿下には特に変化はありませんでしたので」
さすが作家。観察眼が鋭い。しかもチラ見したらニヤニヤ笑ってるし。男と女が気まずい空気で何かあったとなったら……とか下世話な事考えてんのかな。腹が立ってきた。叩きたい。
「言っておくけど何も無かったからね。何も無いのが問題なの」
「何も無いのが問題。なかなか哲学的な悩み事だ」
わざと茶化したようにジルが言う。たぶん私が話しやすいように彼なりに気を使ってるんだろうけど、腹が立つのは変わりがない。それでも弾みでぽろりと本音がこぼれる。
「なんかエドもアルも大切なのに、なぜか恋愛感情を持てないんだよね。二人の期待が重いとかじゃないんだけど……」
ジルは私の真剣な悩みを思い切り笑い飛ばした。くそー。本気で腹が立ったから、軽くこづいてやった。
「すみません。でもそれって恋愛感情持たなきゃいけないんですか? 誰を好きになろうと明殿の自由なんですよ。誰かに強制される事ではないでしょう」
ジルにあっさり言われて、すとんと納得した。確かに二人が例え私の事を好きだとしても、私がそれに答えなきゃいけない義務はないわけだ。なんでこんな簡単な事気づかなかったんだろう。
「そうそう。二人以外の男性。例えば私を好きになるかもしれない」
「それはない」
冗談だと思って即答したら、一瞬空気が凍った。え? まさか本気じゃないよね。焦る私にジルはすぐに普段通りの笑顔を浮かべた。
「まあ冗談はこれくらいにして……」
やっぱり冗談か。心配して損した。いや……。冗談って事にしてくれたのかな? あんまり考えたくなかったので、そこはスルーする事にした。
「私が思った事を言ってみてもいいですか」
「いいわよ」
「明殿はこの世界に留まるおつもりですか、それともいずれ元の世界に帰られるおつもりですか?」
「大災害を解決したら帰るわよ」
私の即答を予測してたように、ジルは頷いた。
「それですよきっと。いずれ帰るつもりなら、深い男女の仲になって別れが辛くなるのが怖いのではないですか?」
ジルに言われて自問自答してみる。そしてその言葉はとても説得力があった。
「……そうかも。なんでそんな基本的な事気づかなかったんだろう」
「もしかしたら気づかないふりをしているだけで、本当はすでに好きな相手がいるのかもしれませんね」
その言葉にもどきりとする。本当は好きなのに、好きな事から目をそらしている自分。ありうる話だった。でも誰に? という事は怖くて考えたくない。いいんだ気づかないまま帰ろう。
「ありがとう。話してすっきりした」
「お役に立てて光栄です。私が帝国に来たかいがあったというもの」
「帝国を見てみたいって好奇心でしょう」
「それもありますが、本音を言うなら私の力で大災害を止める手伝いができるなら、そう思ったのですよ」
ジルは冗談ではなく、真剣な顔でそう言った。
「私にも故郷があります。小さな国の小さな街ですが、故郷のみんなが安心して住める世界になってほしいと願っています」
ジルの意外に真面目な本音に私は驚いた。そしてそんな彼に随分助けられているなと気づいた。
「うん。頼りにしてるからよろしくね。でも冗談はほどほどにしてよ」
「ユーモアも時には大切ですよ。深刻な顔してたら解決するなら、いくらでも深刻な顔しますけれどね」
ひょうひょうとしたジルの姿に安堵する自分がいる。そうだよね。悩んでたからって解決するわけじゃない。自分の出来る事を一つづつしていこう。
「まずは京に行く事。そして帝に会う事だね」
私は流れる景色を見ながら、大災害を解決する決意を強くした。そしてアルやエドへの思いをまた棚上げにした。その方が楽だったから……。