悲しみの結末4
熟れたトマトのように赤い夕日が、街も人も染め上げていた。まるで何もかもが血まみれのようで不吉な光景だった。
カナーン公国の町外れの片隅にエドは一人夕日に向かってたたずんでいた。そこには櫂柚の墓があった。
忙しい合間にたまにここに来るのだとジルから聞いた。櫂柚の遺体を本国に連れて帰れないので、こんな何もない所に作ったらしい。
帝国にとって大罪人の櫂柚は、帝国内に眠る墓さえももてないようだ。
夕日で赤く染まったエドは、櫂柚の返り血を浴びたあの日と同じだった。ただ呆然と櫂柚の墓を眺めている。
誰もいないのにあいかわらず無愛想な仮面をつけたまま。もしかしたらどんな表情を浮かべればいいのかわからないのかもしれない。
気持の整理をつけたくて一人になりたいのか、もういない櫂柚と対話がしたくてここにいるのか。どちらにしても話しかけづらい空気だった。
それでも忙しいエドに話しかけるチャンスなんて今ぐらいしかない。だから勇気を振り絞って声を出した。
「エド」
エドはゆっくりと振り向いて、ちらりと私を見ただけでまた櫂柚の墓を見つめ直した。
「こんな所で何してるの?」
「櫂柚の事を思い出していた。帝国の皇族はみなバラバラに生活し、父にも母にも甘える時間さえなくて、どこか他人のような気分だった」
櫂柚の思い出話ができる相手が欲しかったのだろうか? 私が返事をしなくても、エドは気にせず話を続けた。
「私が皇族という事で皆、上辺だけ飾ったような言葉ばかりで、誰も信用できなかった。櫂柚以外は。櫂柚だけはいつも側にいてくれて、私を時には叱り、時には褒め、温かく見守ってくれた。私の性根が曲がることなく育ったのも櫂柚のおかげだと思う」
エドは右手をあげて手のひらを見つめた。まるで血塗られた手を呪うように。大切な人を手にかけて、後悔しているのだろうか?
「なぜあの時一瞬でも櫂柚を疑ってしまったのだろう。櫂柚が私のためにならない事をするはずがないのに」
「私を助けるために櫂柚さんを手にかけた。それを後悔してるの?」
「櫂柚は私を怒らせるために手段を選ばなかった。もし止めなければ明を傷つけていただろう。明を守った事は後悔していない。だが櫂柚をそこまで追い詰めた自分の不甲斐なさが許せない」
苦しげなエドの背中を見てるのがつらくなって、私はエドの背中に抱きついた。
「エドは悪くないよ」
「いや。私が未熟で、弱虫で、情けないからいけなかった。やはり櫂柚が言う通り私に帝は相応しくない」
エドのぼやきを聞きながらふつふつと怒りがこみ上げてきた。櫂柚はエドが帝になる事を望んでいた。晩餐会の夜に私と二人きりの時に言った事は嘘じゃないと思う。
なのに肝心のエドが弱気のままじゃ、何の為に櫂柚が死んだのかわからない。
私はエドの前に回り込んで、櫂柚の墓の前に立った。エドは子供が道に迷った時のように、途方に暮れた表情をしていた。櫂柚という支えがなくなって自分の足で立っていられなくなったのかもしれない。だけどエドはもう子供じゃない。今のままじゃ駄目だ。
私は手を振り上げて、力の限りをこめてエドの頬をひっぱたいた。エドは驚いた表情を浮かべた。
「男のくせにいつまでメソメソ、ウジウジしているつもり! 櫂柚さんはこんな姿見て、墓の下で泣いてるわよ」
「明……」
「櫂柚さんは私に言ったわ。エドは希代の名君主になるって、その日が来るのを待ちわびてるって。だからここまでしたのよ」
私は両手でエドの頬を包むようにして、私を真正面に向かせた。
「私もエドは立派な王様になれると思う。過去の自分に後悔してるなら、これから強くなればいい。頑張り屋のエドならできるよ」
私は落ち込むエドを見ていられなくて、ついエドの背中を押してしまった。それが良かった事なのかわからない。言った側から後悔が襲ってくる。
私は帝国の事を何も知らない。櫂柚さんの気持も本当の意味でわかっていないと思う。でもこうでも言わなきゃエドは一生この場所から逃れられない気がした。
エドはしばらく驚いた表情のまま固まっていたけど、いきなり私を抱き寄せてきつく抱きしめた。その荒っぽい仕草はいつもの優しいエドらしくなかった。苦しくて仕方がなかったけど我慢した。
「ありがとう」
たった一言だけだったけど、そこにはものすごい重みがあった。どうやら迷っていたエドの背中は押せたようだ。
私は抱き枕だ、精神安定剤だ。そう思ってエドが気が済むまで我慢して、力強い腕のなかにいた。それは日が沈むほどの長い長い時だった。




