悲しみの結末2
朱里が他の人には聞こえないくらいの小声で、私の耳元に囁いた。
「安心して下さい。絶対明様を傷つけたりしません。下手に動くと逆に怪我しますから大人しくしてて下さいね」
朱里はやっぱり優しい朱里のままで、でももうここまできたら後には引けないのだろうか。
その時また扉が開いた。一瞬皆の注意がそちらに向いた時を狙って、私は朱里の手にかみついて暴れた。
暴れて首筋に当てた剣が、私を傷つけるのを恐れたのだろう。朱里は剣を私から離した。その隙をついてアルが私達の元に飛び込んできた。
体当たりされて私と朱里はばらばらに倒れた。
「明。大丈夫か?」
すぐにアルは私を抱きかかえて、朱里を牽制するように睨んだ。
「大丈夫ありがとう」
周りを見回すと、扉を開けてやってきたのは櫂柚だった。たぶん私達を追ってやってきたのだろう。
エドは櫂柚を見て安堵の表情を見せて近づいた。本来なら頼りになるべき部下がやってきたと思ったのだろう。
しかしそれは正反対なのだ。その事を伝えるために私はやってきたのだ。
「エド! 気をつけて! 櫂柚も反対派の人間よ」
「まさか櫂柚が……」
エドが困惑し、ためらっていた。しかし櫂柚にはためらいはなかった。自分の剣を抜き放ち、エドへと叩きつけた。
ぎりぎりの所でエドは剣をかわし、後ろに飛んで間合いをとる。
「櫂柚……何をするのだ!」
「剣を向けられてもまだ、私を信じているのですか? 本当に貴方はどこまでも甘くていらっしゃる。だから貴方のような弱虫には帝など任せられないのです」
櫂柚はつづけざまに剣を振り下ろす。エドは剣を抜いて櫂柚の剣を受け止めた。それでもまだ櫂柚に剣を向ける事にためらいがあるようで、自分から攻撃を仕掛けようとしない。
「櫂柚。私を試しているのか? そなたが本気で私を殺そうとするはずがない。理由があるなら言ってくれ」
エドの悲痛な訴えに私は耳をふさぎたくなった。次々に親しい人間に裏切られ、エドの心が壊れていく。
いつのまにか朱里とアルが本気で剣を交えていた。剣術では朱里が押していたが、魔法防御でアルがそれをしのぎ攻撃の機会を狙っている。
「エド。櫂柚は本気だよ。私、櫂柚に殺されかけたの」
エドは驚きの表情を浮かべ私の方を見た。そして櫂柚を睨み付けた。
「余計な事を。本当に朱里殿下といい、エドガー殿下といい、なぜこのようなくだらない女に固執されるのか……。やはり早めに処分するべきでしょう」
エドと間合いをとりながら櫂柚が私の方へと近づいてきた。櫂柚の意図に気がついたエドは、慌てて私を庇うように間に入る。
「明は関係ない。まきこむな!」
私からはエドの背中しか見えなかったけど、櫂柚への恐ろしいまでの敵意を感じた。
「女を狙われてやっと本気になるとは。帝国の王子ともあろう方が、国より女の方が大事ですか。だから今の貴方では駄目なのです。もっと強く、もっと誇り高き王でなければ」
櫂柚とエドのぶつかり合いは激しかった。力のエドと技の櫂柚。両者の力は拮抗して見えた。しかし長期戦になるにつれて、体力の劣る櫂柚の動きが鈍くなり始めた。
「櫂柚。私はおまえの事を尊敬していた。実の父より慕っていた。帝国への忠義心。職務への誇り。おまえ以上の者はいないと思っていた。残念だ」
「残念? 私はまだ帝国への忠義を忘れたつもりはありません。国にとって相応しくない者を帝にはできないと思っての事。自分が帝に相応しいと思うのならば、私を殺して証明なさったらいかがか」
何度も打ち合ううちに、ついに櫂柚の手から剣がはじき飛ばされた。エドは櫂柚に剣先をつきつけながら、牽制した。
「もう勝敗は決した。大人しく罪を認めて謝罪せよ。今ならまだ許す」
櫂柚はそれを聞いて微笑した。なぜこの状況で微笑めるのかわからなかった。エドもまた櫂柚の様子に戸惑ったのか剣を持つ手が震えた。
「やはり貴方は甘い」
エドの戸惑いの隙をついて、櫂柚は私に向かって素手で襲ってきた。エドは慌てて剣を櫂柚の背中に突き刺した。櫂柚の手が私に届く寸前に、その体は崩れ落ちた。
櫂柚の背から吹き出した血が、エドに飛び散って赤く染まっていた。
「櫂柚!」
アルと戦っていた朱里が慌てて櫂柚の元へ走った。アルは私を庇うように引き寄せる。
返り血を浴びたエドは呆然と櫂柚を見下ろし、櫂柚を傷つけた凶器はエドの手からこぼれ落ちた。
「か、いゆ……」
エドの声は悲痛な響きがした。自分がした事の大きさに動揺しているようだ。櫂柚はそんなエドを見てまた微笑んだ。
「自分が……切り捨てたものに……情を移されるな……。貴方は前だけ見て……強くなりなさい……」
櫂柚はそこまで言って力尽きたように目を閉じた。