眠れぬ夜の宴2
晩餐会は舞踏会がメインの宴だった。フロアの中心で着飾った男女が回るように踊り、壁際につまむ程度の軽食や、休むためのソファがあった。
ああ……あのソファで座って、のんびり飲み食いしたい。しかしそんな私の望みは叶うわけがなかった。
「明。きたか、俺と踊れ」
ダンスの申し込みではなく、強制?私の返事を待つことなく、アルは私の手を取って勝手に踊り始めた。
「ちょっと……待った!私踊りとかやったことないし」
「大丈夫。俺に任せろ」
アルの強引なリードと、テクニックのおかげなのか、アルの足を踏む事も、つまづく事もなく、踊りの流れに乗れた。
しかし私はアルの踊りについていくのが精一杯で、一曲踊るだけでヘトヘトだった。だから曲の切れ目を狙って、アルを突き飛ばすように離れた。
「アルの踊りは疲れるからヤダ」
「ならば私が教えてやろう」
いつのまにか背後に立っていたエドが、私を見下ろしていた。疲れたから休みたかったけど、アルとだけ踊ってエドと踊らないのは、不公平だよね。
差し出されたエドの手を取って、向かい合った。アルがむっとした表情をしたけど、私の意志には逆らえまい。
エドは小声でステップを丁寧に言いながら教えてくれた。さっきはアルの動きに頭ではなく、感であわせて動いていたのが、少し理解できて面白かった。
ふむ。ダンスも慣れれば楽しいかも。現代日本じゃ習い事とかしない限り、体験できない事だし。
「どうだ。慣れてきたか」
「うん。楽しい。でも疲れたしお腹すいた」
エドは私の不満に、珍しく素直な笑顔を浮かべていた。
「そうか。では少し休憩して食事をしよう」
エドにエスコートされたまま壁際のソファに座る。待っていたかのように朱里がお皿とグラスを持って現れた。
「明様。お薦めのお菓子と蜂蜜酒を薄めたものですよ」
「お酒はちょっと」
「子供でも飲むくらい薄めた物だから大丈夫です。ハーブの香りがさわやかで健康にもいいんですよ」
朱里に勧められるまま、蜂蜜酒を口にすると、爽やかな香りと心地よい甘さが疲れを癒してくれた。
「美味しい」
「でしょう。疲れた時は甘いものですよね」
さらに勧められるままにお菓子を食べた。粉とバターの香りが香ばしい焼き菓子や、ドライフルーツの入った薄切りパンが美味しい。
しかし粉物系で喉が渇くので蜂蜜酒をついつい飲み過ぎた。いくら薄いと言えどもアルコール。沢山飲めば、ほろ酔い気分になってきて体が火照ってくる。
「ちょっと暑いから涼みに行きたい」
「じゃあ庭で散策しましょう。僕もお供します」
しかし朱里の提案をエドが退けた。
「朱里。お前も帝国の王子として、カナーン公国の大切な主賓だ。まだ紹介しなければならない人物がいるから、抜けてもらっては困る」
「でも……明様を一人にするわけには」
「ならば私がお供しましょう」
二人の会話に割って入ったのは、櫂柚だった。エドや朱里はもちろん、アルも王子として他の貴族達に囲まれているし、ジルは壁の花に徹して宴の出席者を観察していた。
他に親しい人もいないししょうがないよね。
「よろしくお願いします」
丁寧なお辞儀とともに、つかず離れずのほどよい距離で櫂柚は私の後をついてきてくれた。会場をでて夜の空気を肌で感じる。涼しい風が頬を撫で心地よい。
折角ついてきてくれたし、櫂柚と何か話題がないかなと考えて、エドの事を聞いてみた。
「櫂柚さんから見て、エドは帝国の次期帝に相応しいと思いますか?」
世間話には直球すぎる質問かもしれない。しかし櫂柚は穏やかな表情で話し始めた。
「頭脳明晰にして、人々を引きつける統率力もあり、なにより民を思い、慈愛に満ちたお方。次期帝に相応しい方だと思います。ただ……」
「ただ?」
「繊細で優しすぎる所がある。上に立つ人間は時に厳しく、非情でなければいけない事もあります。殿下がそれを克服できれば希代の名君主になられるでしょう。私はその日が来るのを待ち望んでいます」
「そうね。エドは真面目で優しすぎる。だから王子という重責に疲れているように見えるわ」
「殿下が重圧をはねのける強さを身につけた姿を、この目でみたいものです。まあこの老いぼれの目が黒いうちに見られるどうか……」
櫂柚の寂しげな瞳が、どれほどエドガーを慕い、その成長を願っているかが良く分かった。
「でも殿下は明様に会われて、変わられた」
「そうかしら?」
「以前なら、アルフォンス殿下に、あそこまで正面からぶつかる事もなかった。それだけ殿下にとって明様は大切な存在なのでしょう。私はその変化を好ましく思っています。ありがとうございます」
櫂柚は深々と私にお辞儀をして言った。
「これからもどうぞエドガー殿下をお導きください。殿下にとってきっと貴方は救いの女神だ」
お世辞かもしれないが、恥ずかしいぐらい褒められて照れる。エドもこんないい臣下がいて良かったな。そう思ったのだった。