作者不明の物語3
「姫君。あまりお気を悪くなさらない方がいいですよ。これはまだ少ない情報を元にした想像の一つにすぎません」
「そうね」
ジルは何も知らない。私がこの世界を作った作者だとか、作者が物語の世界に入り込んでしまっただなんて事も。
だから今の話だって、ただの思いつきだ。でもこうやって思いも寄らぬアイディアを言われると新鮮だ。
「しかし姫君が協力していただければ、もっと現実味のある考えができるやもしれません」
「協力?」
ジルの薄い唇が弧を描き、怪しげな笑みを浮かべた。
「明姫。貴方は一体何者なのですか?」
「私は帝国の……」
「帝国の兵士に聞いた話では、明姫などという帝国の姫はいない。明殿は聖マルグリット王国からの客人だと」
ジルの目は爛々と輝いていた。それは獲物を追う獣の目に似ていた。
「しかもこの世界が物語である事に強い興味を持っている。面白い。実に面白い方だ。普通の人間は、自分のいる世界が物語の中だと言われても、受けいれられないものですよ」
ぞくりと背筋が凍る。柔らかな風貌は変わることなく、じわじわと追い詰められていく。やっぱり最初に感じた嫌な予感は本物だ。
「もう一度聞きます。貴方は一体何者ですか?どこからやってきたのですか?」
私は何を話しても正体が見破られてしまいそうな怖さで、一言も出てこなくなった。この短い時間のやりとりだけで、この男はどこまで私を見破ったのだろう。鋭すぎる観察力、洞察力が私のすべてを見透かすようだ。
好奇心で会ってみたいだなんて思うんじゃなかった。どうしよう?
その時私を助けるように、前触れもなく入口の扉が開いた。入ってきたのはエドだった。
「ジル・ラリック。病床の姫に長話をさせるわけにはいかない。もう立ち去るがいい」
エドはいつもの丁寧な物腰ではなく、眉間に皺をよせ、睨むようにジルを見下ろしていた。仁王立ちのエドの姿は私でも怖かった。
しかしジルはまったくひるむことなく、柔らかく微笑んだ。
「そうですね。今日の所はお暇しましょう。明殿またお会いしましょう」
エドはジルが部屋を出るまで、目を離さずに睨み続けた。ジルが部屋を出てしばらくしてやっと緊張の糸を緩めて私の方へきた。
「大丈夫だったか?明」
「危なかった。もうちょっとで正体ばれる所だった……。ていうかばれてるかも」
「そうか。我が国の兵士達の間で何か嗅ぎ回っているようだったからな。注意はしていたんだが、狙いは明だったか」
「注意って、あの人何者?」
エドは不愉快げに眉を上げた。エドが要注意人物と思ってたなんて、そんな不味い男だったのか?
「明や朱里は知らなかったのだな。ジル・ラリックはただの作家ではない。あの者が書く作品にはたいていモデルがいる。しかもモデルの立場や身分など関係なしに、真実をさらけ出し作品にしてしまう」
「それって国のお偉いさんの、隠しておきたいような話とかも、お構いなしに?」
「そうだ。王族のドロドロの権力争いの様子も、商人の不正な商売もすべて暴き出す。庶民には逆にそこが人気があるのだがな」
確かに無関係の第三者だったら、痛快で面白いかもしれない。モデルにされる身にはたまった者ではないけど。
「それって上の人に睨まれて捕まったりしないの?」
「捕まる前に国を出て他の国にいってしまうからな。『放浪の作家』という綽名もある」
「もしかして、次のモデルが私?」
「恐らく」
とんでもない人物に目をつけられてしまったものだ。例えるならゴシップ記者につきまとわれる著名人か?
手のひらが汗ばむ程なのに、体は震える。身の危険とは別の全てを暴かれるような恐ろしさ。ふと気づくとエドが私の手を優しく握っていた。
見上げれば優しい目をしたエドの視線とぶつかる。
「大丈夫だ。もうあの男を明に近づけさせたりしない」
そうだ。いつだってエドは私の事を守ってくれた。この世界にきて初めての理解者で、友達で、優しくて信頼できる人。今度だって守ってくれるだろう。
「ありがとう。エド。でもね……」
これ以上エドの負担になりたくない。これは私が引きおこした問題だ。自分で解決しなきゃ。それに……。
「たぶんもう一度会わなきゃいけないと思うんだ」
穏やかな表情の下に隠したハンターの目。獲物の私をそう易々と諦めると思えない。
それに最初に本を読んだ時から感じてた通り、恐ろしいほどの想像力。それはたぶん今後の私達の大きな武器になる。『大災害』の原因を究明するための助言者。
私一人じゃ突き止められない謎も、彼となら突き止められる気がする。
私自身を丸裸にされるような怖さと表裏一体の、諸刃の剣だけれど。




