焦燥と苦悩の王子3
「大丈夫だ。明」
気づけばアルが隣にいて、座り込む私を優しく抱き寄せた。
「大丈夫って、アルは大丈夫なの?この血……」
「よく見ろ馬の血だ」
言われてみれば、馬も倒れていて、足に矢が刺さって血があふれていた。よかったー。ってぜんぜんよくない。矢が飛んできたり、囲まれたり、ピンチであることに何も変わりないじゃない。
「誰か来るよ。どうしたら……」
「落ち着け。敵の正体はすぐわかるだろう」
「正体?どうして?」
「最初に銃で威嚇射撃。音で馬を動揺させて足止めした隙に、正確に馬だけ狙って矢をはなった。初めから俺たちを生け捕りにするつもりなんだ」
「銃って事は帝国?もしかして反対派の……」
「それしか考えられない。おおかた俺たちを人質にエドガー達と交渉する気何だろう」
そこで私達を囲む兵達の中から、一人の男が前へ出た。
「おっしゃる通り。それでは大人しくついてきていただけますか?」
「断る」
「困りましたね。あまり手荒な事はしたくありませんでしたが……」
男がさっと手を上げると、兵達が剣を構えて私達を取り囲んだ。鈍く光る刃の恐ろしさに、私は思わずアルにしがみついた。
「大丈夫だ。俺が守ってやる」
低く囁くアルの言葉になおさら焦りを覚えた。
アルの魔法があれば、傷一つなくしばらく守ってもらえるだろう。しかし魔力が切れたら?
アルは攻撃魔法が使えないし、剣だって持ってない。救援の当てもなく、ただ力尽きるのを待つだけなんてダメ。
人と人が殺し合う戦闘が怖かったけど、それ以上にアルに危害を加えられたり、エド達に迷惑かけたくなかった。
……そうか、誰かの為なら強くなれるのかもしれない。アルやエドや朱里が私を守る為に戦ってくれたように、私も彼らの力になりたい。
焦るな自分。考えろ。最良な方法を……。そして私は考えた事を実行するべく、敵に聞こえないように、アルの耳元に囁いた。
「アル。前に魔法で敵を吹き飛ばしたみたいに、どこか一ヶ所だけ囲みを崩して逃げ道を作れる?」
「そこから逃げるのか?この人数差じゃすぐに追いつかれるぞ」
「二人じゃなく、私一人が逃げて助けを呼びに行くわ。それまでアルは敵を足止めして」
「一人で逃げるなんて無茶だ」
「でも分散した方が相手も混乱するし、多分相手の狙いはアルみたいだから、私の方は手薄になるから」
それに防御魔法で守り続けるのも、二人より一人の方が消耗は少なくなる。
「大丈夫。私にはアルの御守りもあるから」
「何をこそこそと相談なさっているのですか?」
しびれを切らした敵が、まさに襲ってこようとしたその時、アルの魔法が発動して敵が吹き飛ばされた。
敵の体勢が崩れた隙をついて、私は囲みから抜け出した。
「女が逃げたぞ。逃がすな!」
敵の声に続いて後ろから銃の破裂音がした。音を感じたと同時に肩に衝撃が走り、前につんのめるように吹き飛ばされた。
「明!」
アルの叫びを聞きながら、冷静に肩の状況を確認した。痛い。傷みは凄いけど、血は出てない。
まともに当たっていたら肩に穴が開いていたはずだ。そうならなかったのは、アルのくれた首飾りの防御効果がきいてるんだ。
私は撃たれた肩を押さえながら立ち上がった。
「私は大丈夫」
アルに言いながら自分にも言いきかせた。大丈夫、私がアルを助けるんだ。私はまた走り始めた。私を追おうとした兵達も、アルの防御壁で足止めをされているようで、すぐにはおいつけないようだ。
その隙に夜の闇に紛れて街中を走った。敵が追いにくいように道を何度も曲がりながら、宮殿を目指して。追いつかれそうになったら、建物の中に忍び込んで、隠れて追いすごしたりしながら、私はひた走った。
宴用に用意された靴は走りづらかったので、途中で脱ぎ捨てた。素足で地面を走ると、石で足をひっかいて痛かった。肩の痛みも足の痛みも鈍く感じる。ランナーズハイのような不思議な高揚感が私の中にあった。
今まではいつだって守られて、役立たずだった。でも今初めて役に立てるかもしれない。ピンチなのにそれが嬉しかった。誰かの役に立てるという実感が、生きているという感じがした。
宮殿に近づくにつれ、敵の包囲網は狭まり近づきにくくなっていった。でもここでもたもたしていたら、アルが持ちこたえられずに、連れ去られちゃうかもしれない。
私にはアルのお守りがある。首飾りをなぞって勇気を振り絞ると、私は建物の影から飛び出した。
「いたぞ!逃がすな!」
兵達は重い鎧を身につけて尚、私より早かった。宮殿に向かって走る私はすぐに追いつかれ、腕を捕まれた。
ここで私が捕まったら、アルを助けられない。嫌だ!そんなの!
「離して!」
叫びながらがむしゃらに暴れた。かみついたりひっかいたり、私の抵抗なんて子供の遊びみたいな物かもしれないけど、おとなしく捕まってなんかやらない。
その時突如、夜のしじまに銃声が鳴り響いた。