焦燥と苦悩の王子1
スタイルに自信のない私には、恥ずかしすぎる衣装だったが、そんな事顔には出さないように、王子一向にふさわしい態度で宴に向かった。
舐められたら負け。さっきのエドを見くびるような、この国の人間の態度に、私は腹がたっていたので、意地で偉そうにふんぞり返った。
宴の部屋についた時、皆がいっせいに私に注目した。しかしその注目も一瞬で、すぐに宴の喧騒へ戻っていった。
床には柔らかな絨毯が敷かれ、クッションを置いて皆が円状に座りこむスタイルの宴だった。
部屋の奥で少しだけ高く設えられたら床の上に、エドやアルや朱里達がいた。私を呆然と見守る彼らの中で最初に口を開いたのはアルだった。
「アリパシャ国の服も似合うな」
言いながら自然な動きで、私の無防備なウエストに手を伸ばしてきた。厭らしい顔するな。エロ男。私は睨みながらその手を払いのけて、朱里の隣に座った。
朱里は恥ずかしげに顔をうつむかせて呟いた。
「明様。綺麗です」
「ありがとう。朱里」
朱里の反応は可愛いな。癒やされるわ。もう一人の反応を探るべく、エドの方を向いた。
いつもと変わらぬ無愛想顔で、何の変化もなくてつまらなかった。外交用の仮面武装モードか……。
ちぇっ。つまらないの……。かろうじて目が動揺して見えたけど、すぐに立ち直ってたし。私の幼児体型でこんな服着ても気にも留めないか。
「明。大丈夫か?」
顔は前を向いたまま動かさずに、エドは周りの人間に聞こえない程度の声で囁いてきた。
「神の振りよりもは楽よ」
こちらも曖昧な微笑を浮かべたまま、小声で返す。
事前に馬車の中で私の立ち位置について相談しておいたのだ。創造神だなんてうさんくさい肩書信じてもらえないだろうから、帝国の王族の一人でエド達の遠縁という事にしてあるのだ。
左右に朱里とエドで固め、帝国に関する質問をされたら二人が答える。私は笑顔で座っていればいいだけという事らしい。
元々秘密主義国家の帝国だから、もし質問されても「国家機密で答えられない」の一点張りで通してしまえばいいのだ。
それに宴の様子を伺っていると、心配するような事態にはならなさそうだった。アリパシャ国の人間は、帝国側の人間よりも、友好国の聖マルグリット王国の人間であるアルに、大きく意識が傾いていた。
どうやら国と国のパワーバランスでは、アリパシャ国より聖マルグリット王国側の方が格上のようだ。アリパシャ国の王、マージャ・ウルが、アルにおべっかをつかってご機嫌を取ろうと、必至になっていて滑稽だった。
「あの帝国に史上初の外交大使として赴かれるとは、アルフレッド殿下の人徳の賜物かと」
「たいしたことではない。次期王として当然の事」
「華無荷田国への大いなる牽制となるでしょう。もちろんそれだけが戦の勝敗を決めるわけではありませんが」
「戦?」
マージャの言葉に引っかかった、アルが表情を強ばらせた。それを見てマージャは慌てて言葉を取り繕った。
「まだ公開されていないお話でしたな。失礼。しかしもう始まりかけているのですからいいでしょう。実は我が国にも軍需物資の提供依頼がありまして、急なことだったので調達が大変だったのですが……」
恩を売りたいが為の、マージャの苦労話に耳を傾けるものはいなかった。アルは表面的には表情を取り繕っていたが、時折刺すような視線で私やエドを見ていた。
そして私達の反応で悟ったのか、アルは徐々に不機嫌さを増していった。
「姫。具合が悪いのでは?部屋までお送りいたしましょう」
アルは突然そんなことを言い出して、私の腕を取った。その意図ははっきりしていた。アルだけが知らなかった事を私から聞きだそうとしているのだ。
拒否したところでいつまでも逃れられない。主賓全員が宴から早々と抜けるわけにも行かず、エドと朱里を残して私達は宴を後にした。
アルが王子としての礼節を保っていられたのは、私の部屋について人払いを命じたところまでだった。
人が去った直後に、押さえていた感情をはき出すように、アルは手近なイスを蹴り上げた。
「隠していることをすべて話してもらおう……」
地を這うような、低い声で私を見下ろしながら言った。ガラ悪!王子のメッキがはがれてるよ。
「話すから、取りあえず座って。長くなるし」
私が長椅子を指し示しながら誘導すると、私の手首を掴んで引っ張られた。並んで座ってもまだ手首はきつく握られたまま、もう片方の手で私の首に付けられた、アルの首飾りをもてあそんだ。
「もしまた嘘や騙そうとしたら……その時は分かっているな?」
私を狙う狼というより、狂犬に近いような殺意を込めた目でにらまれ、私は慌てて首を縦に振って話し始めた。
アルのお母さんの死の真相から、カプア公国への挙兵、そしてアルをその戦争へ参加させないための帝国行き。全てを話し終わるまで、アルは一言も言葉を発さなかった。
全てを話し終えてもしばらく沈黙が続いた。重い沈黙に耐えきれなくなった時、やっとアルが手を離してくれた。
「アル?ごめん。黙ってて。でも仕方なかったのよ。王様に黙っててくれって口止めされてたし……」
「そうだな。今回は父上も同罪だ」
「アル……」
「何年もの間、俺はずっと騙されていたわけだ。母上を殺した人間が誰か分からず、疑心暗鬼ですごしてきた俺の気持ちなんて、誰にも分からないだろうな」
「王様はアルに早まったことをして欲しくなくて……」
「俺はそんな子供じゃない!」
叩きつけるような言葉だけを残して、アルは部屋を飛び出していった。嫌な予感がする。私は重たい装飾品を投げ捨てて、アルの後を追いかけた。