後継者の資質5
私は目をつぶって恐る恐る待ちうけていた。するとうなじの辺りにアルの指がなぞる気配がした。しかしそれ以上の接触はなく、アルの気配も離れていった。
不思議に思って目を開けると、アルが嬉しそうに微笑みを浮かべて私を見ていた。
「何をしたの?」
言いながら、ふと首元に違和感を感じて手で触ってみた。ビロードのリボンの様な感触が首をゆるく覆っている。
「もうひとつ約束していただろう首飾りを作ってやると」
自分で自分を見れないのだが、指で触れた感触で総合すると、リボン状のチョーカーの様な物で、鎖骨の辺りに石がついているようだ。
「こんなのどうやって作ったの?」
「石を削って形を整えた後、穴を開けて俺の服についてたリボンを通しただけだ。ほら見てみろ」
アルが手のひらサイズの金属の鏡を貸してくれた。黒いリボンがチョーカーのようにぴったりと首を覆って、石のアクセントとバランス良く、なかなかにセンスが良かった。
私は嬉しかったので素直にお礼を言った。
「ありがとう。すごくいい! 気にいったよ」
「俺の物だという所有印だ」
「は? 何言ってるの?」
「魔力で付けたから、俺の意志がなくては外せないからな」
「なにその呪いみたいな設定。やだはずしてよ」
「気にいったんだろう。ずっとつけていればいい。防御の魔法で防水効果もついてるから、付けたまま水浴びもできるし、どこにいても俺が追跡できるようにしておいた」
防水機能完備、GPS付きって事! そんなの絶対に嫌。しかしどれほど抗議しても、アルは外してくれなかった。
首輪付きって、ペットにされた気分だ……しくしく。
そんな事が起こりつつ、アリパシャ王国内を私達は旅した。アリパシャ国の人々の着る服は、私の知識でイメージすると、アラブ系っぽい服だった。女性は皆黒い布で全身を覆い、目以外見えない。
石作りの四角い家が軒を連ねる中、遠くの小高い丘に、遠目でもわかるほど壮麗な宮殿が見えてきた。
「あれがアルンハラ宮殿だ」
エドの言葉に私もアルも馬車の窓から首をだして見た。近づくにつれ、色鮮やかなモザイクタイルや、幾何学模様の壁などが見えてきて、思わず見とれてしまった。
アラビアンナイトの世界ってこんなだろうか?
隣のアルの表情を見ると、少年のように目を輝かせて宮殿を見ていた。
「良かったね。ハグーダットに来られて」
「別に……」
はしゃいでいる姿を見られるのが恥ずかしいのか、アルは言葉を濁して顔をそらした。それでも視線が宮殿の方へ吸い込まれていくあたり、やっぱり着たくて仕方なかったんだなと思った。
宮殿の入口で、アリパシャ王国の大臣達が出迎えてくれた。
「ようこそお越しいただきました。アルフレッド殿下、エドガー殿下。お待ちしておりました」
無言で胸をはるアルの尊大な振る舞いに気を悪くする事もなく、むしろ当然というように大臣達は頭を垂れた。
「急に無理を言ってすまない。今夜は世話になる」
エドの丁寧な挨拶に、逆に大臣達は眉をひそめて、冷笑した。
「もったいなさすぎるお言葉で」
慇懃に大臣達は答えたが、まるっきり侮られているようでムカついた。
大臣達を通り過ぎ、馬車がゆっくりと宮殿の中を進む時、思わず私は愚痴った。
「何あれ? こっちが丁寧に挨拶したっていうのに」
「丁寧に挨拶なんかするからいけないんだ」
アルの言葉に、私はどういう事? と質問した。
「アリパシャ国も身分制度のしっかりした国だ。基本身分の高い者は低い者から使役されて当然。どっしりと尊大に構えるべきなのだ。そうでないと下の者も不安になるし侮られる」
皆平等と教えられる日本で育った私には理解しにくい話だ。確かに聖マルグリット王国にいた時も、メイドや兵士達に名前を聞くだけで驚かれたり、まるで初めからいない人間のように扱われていた。
「おまえだって帝国の王子。いくら帝国が身分がない国とはいえ、皇族だけは別格待遇なんだ。それぐらいわかるだろう」
「頭では理解している。だがそんな横柄な態度は私には合わない」
エドの言葉にアルは理解できないと呟いたが、私にはすごく納得できた。人間には向き不向きがあるのだ。エドは身分の上下関係なく気を使ってしまう優しい性分なのだろう。
人間の性分はそう簡単には変えられない。しかしそれが王族らしくない振る舞いだというのならば、エドは王になるのは相応しくない事になる。それがエドにもわかっているから、自分に自信がないのかな。
馬車を車止めに着けて降り、私たちは宮殿の中に足を踏み入れた。モザイクや彫刻で幾何学模様が所狭しと彩られている。壁も柱も天上も、見渡す限り模様だらけ。
綺麗なんだけど、目がチカチカして落ち着かない。観光ならいいけど、こんな所住みたくないな。
異国情緒に完全にのまれ、旅の疲れも相まって、休憩用の部屋にたどり着いた途端、私は長椅子に倒れ込んだ。
このまま寝てしまいたかったがそうはいかないようだ。
今日の夜、歓迎の宴とやらを開いてくれるらしく、その準備のために色々やることがあるらしい。長椅子でごろごろできたのも束の間、すぐに女官の集団が私をさらっていった。
風呂場で旅の汚れを落とされ、アーユルヴェーダ的なアジアンエステで徹底的に磨かれ、全身ぴっかぴかになった。気持ちいいんだけど寝ていけないのがつらい。
その後用意された衣装というのが、アラビアンナイト風のふんだんに刺繍が施された物で、上半身と下半身がセパレートされていた。頭には透けるヴェール状のものまでつけられた。
衣装の上は二の腕むき出しのぴったりとした丈が短い衣装で、下は腰骨の辺りでふんわりラップ上に巻いている。上と下の間のウエストは丸出しというセクシー衣装だった。
しかもその衣装の上から、首飾りや耳飾りや髪飾り等、重たいぐらいに宝飾品をゴテゴテに着飾られ、帰りたい気分で一杯一杯だった。
アルに付けられた首飾りだけが、衣装から浮いているが、これは取り外し不可なのでしかたがない。
顔もスタイルも典型的日本人体型の、おこちゃまな私では、絶対衣装負けしていると思うんだけど、女官さん達はなぜか皆納得顔だった。
すべての準備が整うと、すでに宴は始まっているということで、急かされるように宴の席に向かうことになった。
エド達三人がどういう反応をするのか、気になりつつ私は宴に向かった。