後継者の資質1
私達は長い夜を終え、わずかな休憩をとっただけで、また旅を再開した。
昨晩の事件のせいで、朱里が王子だと言うことが兵達にも知れ渡り、どこか落ち着かないようなざわついた空気になった。それを引き締め、先を急ぐよう指示するエドの姿は凛々しくかっこよく見えた。
旅を再会し馬車の中には私とエドとアル、そしていまだ眠り続ける朱里がいた。
「こんなに眠っていて大丈夫かな。朱里」
「問題ない。ただ眠っているだけだ」
エドの答えはそっけなく、あれほど弟を心配していた人とは思えなかった。
「その男は小僧が何故眠っているのか、理由がわかっているんだろう。私も予想はつく」
アルの言葉にエドは眉だけを器用に動かして見せた。
「アル。どういう事?」
「俺は仮にも魔法を行使する力をもつものだからな。俺の目は欺けないぞ。小僧は昨日魔力を使いすぎた。それで回復のために眠りについているのだろう」
「魔法ってそんな、いつ?どこで?」
「こんな子供が兵士共をあんなにたやすく振りきれると思うか?恐らく肉体強化の特殊魔法を使ったのだろう。まさかこの小僧が魔法の使い手とは思わなかったがな」
エドは反論しなかった。それでアルの言葉が真実だと私にもわかった。
「確か60年ほど前、肉体強化の特殊魔法を持つ、フェンツ公国の王女と帝国の王子が駆け落ちする騒動があったが、その子孫というわけか」
「そうだ。朱里と私は同じ両親を親に持ったが、魔法の力を受け継いだのは朱里だけだった。特殊魔法の血脈を次世代の帝に、それが私を排除しようとする人間達の言い分だ」
「だから小僧が王子である事も、魔法の使い手である事も隠してきたのか。しかしこれだけ派手にみせつけてしまったら、反対派を勢いづけるだけだろう。愚かな男だな」
エドはアルの言葉を黙って受け止めた。秘密を隠し通す事より、弟の身を案じた優しいエド。その行動がまた彼の立場を悪くする。
朱里もまた悩んでいた。自分がいない方が、エドのためだと言っていた。生きている、それだけで大切な兄に迷惑をかけると悩む朱里もまた可哀想だった。
「いいじゃない。別に。こうなったら堂々と仲の良い兄弟だって見せつけてやればいいわ。朱里がエドをおしのけて帝になるなんてありえない。二人がしっかりしていれば大丈夫よ」
私の言葉なんてただの気休めにしかならない。それでもエドは厳しい表情を少しだけ緩めて「そうだな」と呟いた。
しばらく馬車に揺られていたら、やっと朱里が目を覚ました。
「……あれ?ここは?」
焦点の定まらない目でぼんやり辺りを見渡す朱里。エドは朱里の小さな手に眼鏡を渡しながら、優しく話しかけた。
「馬車の中だ。また旅を再開した」
眼鏡を顔に付けながらゆっくりと私達を見渡す朱里は、いつもの可愛い朱里だった。
「よかった。ずっと眠ってたから心配してたんだから」
「明様。すみません。ご心配おかけして」
「小僧は魔法の使い方が下手なんだ。無駄な力が入りすぎてるから、すぐに魔力切れをおこす」
「ばれちゃったんですか?」
慌てた顔で朱里はエドを見た。苦笑いを浮かべて頷くエドを見て、朱里はすべてを悟ったようだ。アルにむかって拗ねるように言った。
「しかたがないんです。帝国には魔法の使い手なんてほとんどいないし、勉強する場所もない。誰も僕に魔法の使い方なんて教えてくれなかった。制御できない力を持つのは怖いんですよ」
朱里は自分の手をじっと見ながら、見えない力に脅えているようだった。確かにどれほど強くても、すぐに力を使いはたして寝てしまうようでは、とても実践では使えない。
「俺が魔法を教えてやろう」
アルの意外な提案に、私を含む皆が一斉に驚きの顔でアルを見た。
「どうして?」
朱里の疑問にアルは偉そうに答えた。
「旅の間の暇つぶしだ。それと俺は師匠でおまえは弟子だからな。今後俺に逆らうな」
「駄目師匠に意見して更生させるのも弟子の役目だと思いますけどね」
「生意気言うな!小僧」
またいつものようにアルと朱里の悪口合戦が始まった。二人を無視して私はこっそりエドに話しかける。
「アルの思惑は何であれ、魔法を教えてもらえるのは朱里のためにいいんじゃない?」
それで朱里が魔法を使いこなせるようになれば大きな戦力になる。しかしエドは浮かない顔で「ああ」と返事するばかりだった。
「エドは朱里が魔法を勉強するの反対なの?」
「そういうわけではない。無論、賛成だ」
「じゃあどうして、そんな浮かない顔しているの?」
エドはしばらく無言を続けた後、ぽつりと言い始めた。
「魔法を勉強して、使いこなせるようになれば、国にとっても朱里にとってもいい」
「そうだね」
「きっとよい帝になるだろうな」
「何を言ってるの?次の帝はエドでしょう」
エドは私の言葉に返事をくれなかった。反対派だけでなく、エド自身が、自分が帝になる自信を持っていないのだろうか?
エドの意外な弱さにどう言ってあげればいいかわからなくて、私は何も言えなかった。
「小僧。それで敵にまんまと捕まって、黒幕の正体はわかったのか?」
「……いえ……わかりませんでした。すみません」
朱里のしょんぼりとした姿に、私は頭を抱きしめて慰めた。
「無事に戻ってきた。それだけでいいじゃない」
「明様……ありがとうございます。貴方だけはなにがあっても守ります」
朱里は、嬉しいような今にも泣き出しそうな、困った表情で私の顔を見上げた。朱里の中にも葛藤があるんだ。皆が皆重たい何かを背負って生きている。王子って大変だな。同じ馬車に乗る3人の王子を見回してそう思った。