小さな手に隠された真実4
テントの中から出てきたエドは、普段と変わらぬ無愛想な顔だった。それがむしろ怖かった。
さきほど聞こえた悲鳴が耳に残っている。よほどむごい拷問でもしたのだろう。それでも平気でいられるなんて、私の知っている優しいエドとは思えない。
近くにいた兵士に指示を出してから、私達の方へやってきた。
「朱里はどうして攫われたの?」
「潜伏先がだいたいわかった。今斥候をだして場所を探させている。こちらも攻め込める体制を整えてすぐ出発だ」
私の問いに何の説明にもなっていない答えを返すエド。まだ話す気にならないのだろうか? それほど重要な秘密なのか? 焦りの見えるエドの声に、アルは不敵に笑って見せた。
「敵に痛手を追わせて退けた。なぜ追う必要がある。あんな小僧一人置いてさっさと先に進めばいいだろう」
「なんだと!」
明らかに喧嘩を打っているアルに、いつもならかわすエドが、怒りを滲ませて詰め寄った。
「たかが愛人一人連れ攫われたぐらいの私情で、兵を動かす馬鹿に付き合えないと言ってるだけだ」
「ちょっとアル!」
アルのとんでもない言葉に、エドは何を言ってるのか理解できないという顔をした。
「愛人? 誰が誰の?」
「小僧はおまえの愛人じゃないのか? 男色家で噂の王子のお気に入りだからな」
絶句という言葉はこの事を言うのかと言うほど、エドは驚いた顔をした。
それまでの緊迫した怒りのオーラがエドから消えて、しばらくしたらおかしな笑い声があがってきた。
エドがこんなに爆笑するの初めて聞いたかも。しかも笑ってる場合じゃないのに。
「……いや、くくく。何も知らない人間から見て、ふふふ、そんなおかしな誤解になるのか……」
まだ笑いが収まらないといった感じのエドの声から、いつもの冷静さが戻っていた。まさかアルはわざと喧嘩売った?
エドは周囲に目配せして私とアルの二人だけを連れて、兵士達の一団から離れた場所へ移動した。
「二人に何も話さずに協力してくれとは言えないな。朱里について話す。しかし朱里の秘密についてこの一団で知る者は私一人だ。くれぐれも内密に」
私とアルは無言で頷いて、エドの話の続きを待った。
「帝国でも知る者は少ないが、実は朱里は私の弟だ」
「えー!」
「明。声が大きい」
驚きのあまり声を上げた私の口を、エドは慌てて塞いだ。しかし驚くなって言う方が無理な話だ。だってエドと朱里って全然似てないし。
「アルフレッド殿下は驚いていないようだな」
「小僧を殺すのではなく、連れて行ったという所で、継承権のある人間だろうとは推測できたからな。おまえを殺して、あの小僧を後釜に据えるのが敵の狙いか」
「私が死ななくても、朱里が敵の手に渡ったらこちらは不利だ。私に濡れ衣でも着せて継承権を剥奪し、朱里を次期帝に据える事ができるからな」
「なるほど。だからあんなお荷物を国から連れ出したわけだ。おまえがいない間の方が、敵も色々動きやすいだろう」
「もちろん今後のために、他国を見て学んでほしいという兄としての願いもある」
朱里の事を語るエドの眼差しは優しく、弟をどれほど可愛がっていたのかよくわかった。
そして朱里もまたエドの事を兄として慕っていたわけか。わかってみれば非常に納得のいく関係だ。
「エドの弟って事は朱里のお母さんも帝?」
「そうだ」
なるほど。帝国の帝ともなると、忙しくて自分の子供を構う余裕などないだろう。だから朱里は母親に頭を撫でられるような子供でいられなかったのだ。
「しかし現在の帝の子は公式に知られているのは、エドガー王子だけのはずだ。なぜそんな大切な事を他の人間は知らないのか?」
アルの疑問はもっともだったが、その言葉にエドは少し暗い眼差しを浮かべた。
「事情があって公式には、生まれてすぐに死んだ事になっている。王子とは知られずに育てられたのだ。しかし昨年成人後、さすがに気付くものも現れたようだ。反対派が活発になったのも、朱里の存在が漏れたからだと思う」
「その事情と言うのは?」
「話せば長くなるし、長話をしている余裕はない。今の話だけでも、朱里を敵から奪い返さなければいけない理由は、わかってもらえないだろうか?」
「エドの弟じゃなくても、もちろん朱里を取り返さなきゃ」
「まあおまえの立場がなくなって、王国との約束が破談になるのは困るからな。協力はしよう。それで? 何か取り返す手立てはあるのか?」
「反対派としても朱里を玉座に据えようとしているのだから、殺す事はしない……だから力づくで奪い返すとしか……」
そこでエドは言葉を濁したまま沈黙してしまった。敵の戦力や誰が敵なのかもわからない状況で、いきなり朱里が攫われて策の立てようがないのだろう。
私は先ほどの戦いを見ていて、一つの作戦を思いついた。
「だいたいの敵の居場所はわかっているのよね」
「ああ。そろそろ斥候が戻ってきて正確な場所がわかると思う」
「アル、エド、こういう事ってできる?」
私が作戦を説明すると二人は呆れたようだった。
「俺の方は出来なくはないが……。こいつ大丈夫か?」
そう言いながらエドを見る。
「私は問題ない。アルフレッド殿下こそ大丈夫か?」
エドもまたアルを見て心配そうにそう言った。二人の間に妙なライバル心が湧きあがったようだ。
「二人とも喧嘩している場合じゃないでしょう。この作戦は二人の協力が重要なんだから」
「それは大丈夫だ。この男が頭に血が上って、おかしくならなければな」
「殿下さえ、油断しないでいただければ問題ない」
大丈夫かな? この二人。ちょっと心配になった。
朱里を絶対取り戻して見せる。朱里が自分がいる事でエドに迷惑をかけると言っていたのは、こんな形で敵に利用される事がわかっていたからかもしれない。
それでもなお、そばに置いて守りたいと思ったエドのためにも、やっぱり朱里はエドのそばにいるべきなんだ。そう私は思った。