波乱万丈の予感2
私とアルの攻防戦は休憩で馬車を降りるまで続いた。簡単な軽食を取って短時間休むとすぐにまた出発する。どうやらアルの言った通り、相当の強行軍の様だ。休憩後はアルはエドにルート確認や警備体制など、矢継ぎ早に質問し、エドが簡潔に答えて行く。
私には意味不明な固有名詞が多く、二人の会話の内容はよくわからなかった。しかしアルは私にごまかされたわけではなく、まだ疑惑を抱いているようだった。
日が沈みかけ、今日の野営地に着いた時、私は思わずため息を漏らした。たった一日馬車に揺られただけなのにすごく疲れた。しかも山岳地帯に入ってないからまだ揺れはマシらしい。今後ろくに整備されてない道を通る時はもっとひどい乗り心地だと言う。
馬車の旅に慣れるのが先か、根を上げるのが先か。しかし急ぐ旅を私のわがままで遅らせることなどできるはずもない。
野営の準備に入るとエドは、野営地の設置や警備体制の確認のために私とアルに別れを告げた。しかし気配りの人エドは、私とアルが二人きりにならないように、エドの身代わりを置いていった。
「下がれと言っているのがわからないのか?無礼だぞ」
「恐れながら、私はアルフォンス殿下の臣下ではありません。エドガー殿下よりお二人のそばを離れないように命令されています」
アルの上から目線の俺様な態度に、正面からぶつかる朱里。アルの態度は、中学生をカツアゲするチンピラが最上級に上品になったような迫力がある。キラキラ美形の見た目のおかげか、王子という育ちのせいか下品さは欠片もない。上品に人を脅す所を初めて見た。対する朱里も王族に対する礼儀をギリギリの所で守りつつ、反抗的な態度を取っている。お互い器用だなと妙に感心してしまった。
朱里のしつこさに痺れを切らしたアルが苛立たしげに言った。
「私は創造神と二人だけで大切な話しがあるのだ。会話は聞こえないが、おまえの目の届く距離で話しをする。それなら文句はないだろう」
アルは最大限の譲歩をしたのだと思う。朱里もそれ以上文句を言っても無駄だとわかったのかもしれない。
「創造神様。何かありましたらすぐに私を呼んでくださいね」
子犬の様に愛らしく私を心配する朱里は可愛いが、隣のアルの気配が殺気だっているのが怖い。一国の王子を本人の目の前で堂々と危険視するなんて、なかなか肝の据わった少年だと思う。
私とアルは野営地の隅の木の下に移動した。朱里は噛みつきそうな勢いでアルをじっと見てる。呼べばすぐに飛んでくる小型犬だな。豆柴っぽくて微笑ましい。
「で?話って何?」
また女ったらしの口説きトークかと警戒したが、予想に反してアルは真剣な表情で野営の準備をする帝国兵士達を見ていた。
「明。やはり帝国の人間には注意した方がいい」
「どういう事?」
「不審な点はいくつもあるが、あの兵士を見ろ。銃を持っている」
言われてみれば、長い銃らしきものを持ち歩く兵士を時々見かける。
「帝国では銃を作ってるんでしょう?帝国の兵士が持っていてもおかしくないんじゃない?」
「戦争なら銃撃隊がいても不思議はないが、王族の他国への外交に同行する護衛兵士が銃を携帯するなど聞いた事がない」
「そうなの?」
「帝国は秘密主義国家だぞ。特に戦局を左右しかねない武器の扱いには神経質だ。戦場でも銃撃隊を護衛騎士で守って敵軍に奪われないようにしている。しかしこんな小部隊で万が一敵襲でもあれば簡単に奪われてしまうだろう。そんな危険を冒してなぜ銃撃隊を連れてきたのか」
確かに鎖国で秘密を守っていても、銃一丁奪われて分解・研究されてしまえば意味はない。アルの帝国への偏見からくる思いこみとは言いきれないものがある。
「それと帝国の一団に一人も女がいない。これもあり得ない事だ。普通は王族の旅ともなれば、身の回りの世話に女の召使を連れてくるものだ」
「確かに。女が私一人だから色々気を使って大変なのよね」
着替えとか水浴びとか、トイレとか男の人に知られたくない事ばっかりなのに、男だらけのむさい状況で40日は結構きついものがある。
「やはり噂通り、エドガー王子には男色趣味でもあるのか?」
「女嫌いだから連れてこなかったっていうの?それはないでしょう」
私への気遣いとか紳士的な態度を見る限り、女嫌いとは思えない。だからと言って男好きの疑いが完全に晴れたわけではないのだが。でもじゃあなんで、女性の召使がいないのかと言われれば私も首をかしげてしまう。
「さらにおかしいのは帝国への道順だ。華無荷田国を通らずとも、もう少し道や宿場が整備された近い道があるのに、わざわざ遠回りしてまで悪路を行く所がいくつもある。ほとんど野宿ばかりだし何を考えているのか」
今日一日で馬車にうんざりした私としては、もっと楽に早くつく道にしてほしいと心の底から思う。しかし私達に何の説明もなくそういう道をエドが選ぶのは、何か事情があるに違いない。
「明。私のそばから何があっても離れるな。帝国の兵士すべてを敵にまわしてもおまえだけは守る」
真剣な表情で告げたアルの声は、私に甘い言葉を囁く時よりずっとかっこよくて、一瞬私の心が揺らいだ。本気でこの多くの兵士達を相手に一人で戦う覚悟なんだ。
「私だけって何?アルはどうするつもり?」
アルはいつもの偉そうな態度が嘘のように、切ない微笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。アルなら上から目線で俺様らしく、『これしきの数の兵士蹴散らしてくれるわ』とか言うかと思ったのに、状況はアルの目から見ても甘くはないようだ。
エドや朱里が私達を襲うだなんて信じられない。しかし私達に何か隠している事は事実だ。何がおこるかわからない。楽観視して油断できない状況だ。
私はアルの袖を掴んで言った。
「約束して。もし、何かあっても私を守って犠牲になるなんて考えないで。逃げるなら一緒に逃げよう」
アルは厳しい表情を和らげて目をすっと細めた。そして気づけば私はアルの腕の中に抱き寄せられていた。細く見えた体は意外にたくましく、微かに漂う香水の匂いが私の脳を刺激してくらくらする。頭がぼーっとする中、私の耳元をアルの囁きがくすぐる。
「安心しろ。明を置いて簡単に死んでたまるか」
アルの声はかすれ、抱きしめる手は微かに震えていた。強がっていても不安はあるのかもしれない。無理もない。いきなり未知の帝国行きを告げられ、味方もいない状況で、護衛の帝国軍が信用できない。こんな孤立した状況で不安にならない方がおかしい。それでも気丈にふるまうのは、王子としてのプライドか、それとも私を不安にさせないための気遣いなのか。
「何してるんですか!創造神様から手を離してください」
気づけば朱里がすぐそばまできていて、噛みつきそうな勢いでアルを睨んでいる。
うっかり雰囲気に流されてしまったが、アルに抱きしめられてる状況って非常にまずいかもしれない。見上げれば先ほどまでの真剣な表情などなく、肉食獣のように目をらんらんと光らせる獰猛なオスの表情をしていた。
「離してよ!変態王子」
「嫌がる姿も可愛いな。思わず食べたくなるぐらい」
ひぃー。ドS全開。食べるって何?文字通り?それとも男と女のアレ的な意味で?どっちも嫌だー。
やっぱりアルも信用できない。自分の身は自分で守らねばと強く決意した。