二人の王子2
私は泣きじゃくりながら、エドガーと会わなかった間のすべてを話した。
ユリアの事、町での事、アルの事。
すべて吐き出した後、やっとアルの悪口を言うぐらいの元気が出てきた。
「ひどいのよ。毒の心配した癖に、私に睡眠薬のませるなんて!」
「確かにやりすぎだとは思うが、それだけ明を心配しているのだろう。そうでなければあの方が薬など使うわけがない」
「どういう事?」
エドガーは悲しそうな、困ったような複雑な表情を浮かべた。
視線を私からそらして広い庭をゆっくりと見渡す。私も釣られたように庭を見る。
少し沈黙が続いた後エドガーは言った。
「この庭はアルフォンス殿下の母上、前王妃が作った物らしい」
「前王妃?という事は今の王妃のベネットさんってアルの本当のお母さんじゃなかったの?」
「ベネット妃は元々側室で、クリスティーナ姫を産んだことで王の寵愛が深かったらしい」
ああ、あの娘馬鹿王なら、娘を産んだってだけでその母親を特別扱いするだろう。
「アルのお母さんはどうなったの?」
「前王妃は亡くなられた。病死となっているが毒殺の噂もある」
毒殺!その恐ろしい響きにめまいがする。
自分の母親が毒で殺されたのかもしれないとなれば、毒に対して過敏になるのも当然だ。
「すべては噂だが、当時幼かった殿下に影響を与えるには十分すぎる事件だろう」
毒と聞いた時の青ざめた顔、相手に対して見せた怒りの表情、毒じゃなかったと知った時の安堵、そして毒を盛られたと勘違いして彼を心配させた私へのいらだち。あの時の表情の変化の理由が今やっとわかった。
そしてむごく後悔した。アルをすごく傷つけた。それでもアルは私のために嘘をついた。そして私はアルを叩いた。
何も知らなかったとはいえとてもひどい事をした。
「どうしよう……私、アルにひどいことした」
「明は何も知らなかったのだしかたない」
「だからって傷つけた事にかわりはない!」
「明、私は明が自分を責めるためにこんな話をしたのではないぞ。ただ明が殿下にたいしてずいぶん偏見があるようだったから、何の曇りもない素直な心で殿下を見てほしかったのだ。わかりづらいがあの方は本当は優しい人なんだよ」
偏見?そうだ。私は最初から思ってたじゃないか。
アルは小説のキャラクターでドSバカ王子な設定とか。
設定ってなんだ。私はもうこの世界にいて、ここに生きる人には歴史があって、ひねくれてても感じ悪くてもそれには理由があるんだ。
私はこの世界を夢だ小説の中の話だと思って、他の人たちを人間扱いしてただろうか。
ユリアだって家具みたいとかずっと思ってたけど、話してみたら可愛い女の子だったじゃないか。
心の中で狂人教主、バカ王子、メイド、オッサン文官、オジサンとか呼んで、まともに相手の名前を覚えようとしなかった。
私はエドガーに名前を呼ばれた時、やっと人間扱いしてもらえたと喜んだのに。私は彼らを人間と思ってなかったのだ。
「明にとっては物語の中の登場人物かもしれないが、私は生きている。生きておまえの目の前にいる。同じ様に皆がこの世界で生きてきた歴史がある」
エドガーの表情は淡々として無愛想なままだったけど、目が訴えていた。その存在を、自分は今ここにいるのだと。
「私が初めてこの世界で名前を呼んだのも、私の名前を呼んでくれるのもエドガーだよ。私にとってはエドガーは大切な人だよ」
エドガーは無言で微笑んだ。優しい穏やかな微笑みを見ながら私は思った。もうこの世界を夢だ、小説だ、人事だと思うのは辞めよう。
いつか覚めてしまう夢かもしれないが、今の私にとってこの世界は確かに現実なのだ。
「私、アルにもエドガーと同じ事話す。神なんかじゃない、普通の女の子でこの世界の作者だって。きっと信じてもらえないだろうけど。神様の振りしたままじゃ、まともに向き合えないもん」
「もしそれで殿下が明を傷つけようとするなら私の所へこい。私が全力で守ってやる」
真面目なエドガーが無理をして冗談っぽく言った。エドガーはアルを信じているのかもしれない。
さっきからなんかアルをかばうような事ばかり言ってるし。
二人は仲いいの?でも、アルはエドガーを信用してない。どうして?
エドガーは軽く守るだなんて冗談を言ったが、冗談じゃすまないんじゃないの?
アルはエドガーの事嫌っていた。私がエドガーについたらますます怒り出しそうだ。二人は国の王子で、互いにいずれは王となる。つまらない諍いが原因でいずれ二つの国を戦争に巻き込んだら……。
「私は大丈夫だよ。エドガーは王子なんだから、碧海帝国の事でも考えてなよ」
私はエドガーへ甘えたくなる気持ちを振り切って笑顔でそう言った。うまく言えたと思っていた。
でもエドガーから優しい笑顔が消えて、無愛想な怒ったような顔になった。
「明。私の事や国の事を心配してくれるのは嬉しいが遠慮はするな。大切な友にそんなことを言われては信頼されてない気がして不安になる」
「別にエドガーを信頼してないわけじゃないよ」
「だが明は私が国のために明を見捨てると思っているだろう」
「見捨てるとかそんなんじゃなくて、エドガーは王子だし帝国にはエドガーの家族だっているんだし、私よりそっちを優先しても仕方ない……」
「それ以上言うな!言ったら怒るぞ」
初めて見るエドガーの静かな怒りに驚いた。私は何か間違ってたの?当たり前の事を言ったつもりだった。それなのにエドガーはひどく傷ついて見えた。
エドガーは怒りを抑えてまたいつもの無愛想顔に戻った。
「怒ってすまない。明が私を信頼できないのは、私が何か明にしたらからだろう。その責は自分にあるのに明にあたってしまった」
まっすぐなエドガーの視線がそれて、寂しげな色を含んでいた。
「信じてないわけじゃないよ。でもねエドガーの国は『鎖国』で秘密の多い国なんでしょ。私に言えない事がたくさんあって当然だし……忙しくて中々会えないし……不安になるの」
「不安になるのはやはり私を信じてくれてないからだ。私は明のいた国がどんな国かわからないし、会えないのは同じだ。しかし私は信じていたんだ、明の言葉を。だから努力はしたつもりだ。伝わらなかったようだがな」
エドガーの国に行きたいと言って、エドガーが困った顔をした時。あの時の不安とエドガーへの失望が今までずっと私の中にくすぶっていた。
エドガーはその事に気づいてた?だからシュリを私の所にこさせたり気を使ってくれたんだ。
エドガーは私を信じてくれたのに、私はエドガーを信じてなかった。謝ったところでとりかえせるものではない。今さら信じると言っても嘘みたいだ。
「エドガー……私は」
「今日はもうよそう。私も冷静ではないようだ」
エドガーは一方的にそう言って去って行った。