一人孤独の探索行3
ユリアを失った寂しさを忘れたくて、夢中で『大災害』の事を考えた。
オッサン文官がやっと碧海帝国の資料をそろえてくれたので、まずはそれを読み込む。
どうやら『鎖国』以外でも異色の国のようだ。
国全体で魔法がほとんど普及してないらしい。
これは極めて特殊な事だ。
魔法というのは強力な兵器だ。
だから各国は特殊魔法の研究に熱心になる。強力な魔法なくしては戦争で負けてしまう。
しかし魔法もないのに帝国は、この世界でもかなり強い力を持っている。
帝国では魔法の代わりに不思議な力が発展しているらしい。
それは『科学』と呼ばれている。
科学技術が発展した国。それは剣と魔法のファンタジーな世界を根底から覆すような設定だ。
『鎖国』のため、帝国国内の文化・技術レベルは不明だが、戦争では大砲や銃が実装されている。
『鎖国』を行ってるのも、その技術力の漏洩を阻止するためで、他国との国交を絶っているわけではないらしい。
外交は基本的に王族とか帝国の代表者が、他国に訪問して行い、他国の外交官は『出島』までしか入国できない。
しかも不思議なのは帝の直系の王族はいるものの貴族はなく、代わりに実力で選ばれた官僚が帝の下で政治を行っているという。
貴族中心の国ばかりのこの世界では、理解されない政治形態かもしれない。
これだけ異色の国が何故出来上がったのかも謎だ。
なんか200年前国境の辺境地に人々が集まって、気づいたら国になってたらしい。
資料を読み終えて、私はますますわからなくなった。
200年前にできたこの国と『大災害』には接点なんて何もない。
でも碧海帝国が偶然できた国という事はありえない。あまりにも日本の文化や技術が入りすぎて、誰かが意図的に作ったとしか思えない。
でもこの世界の作者である私が作ったのではないのだから、誰がこの国を作ったのだろう?
私が考え事にふけっていたら、突然オバサンメイドに声をかけられた。
「創造神様。お客様がお見えです」
客とは誰だろう?私は部屋に案内するように言って、応接用のソファに座った。
部屋に入ってきたのは、まだあどけなさを残した少年だった。
黒髪、黒い瞳に丸メガネをかけている。そういえばメガネをかけた人間をこの世界で初めて見た。
「はじめてお目にかかります、創造神様。私は碧海帝国王子エドガー・フォンの従者シュリと申します」
丁寧な日本式のお辞儀とともに少年はそう名乗った。
エドガーの従者か。言われてみれば、服装などもエドガーと似ていた。
「従者シュリとやらが妾に何用じゃ」
「我が主は多忙で創造神様に当分お会いできないので、私が代わりに創造神様のお相手をするようにと仰せ使いました」
人懐っこい笑みを浮かべる少年は、裏表などない素直な人柄を感じさせる。エドガーがこの少年をわざわざ私の所へこさせた理由がわかる気がする。
たぶん、誰にも気を許せない寂しがりな私を慰めようとしているのだ。エドガーの気遣いが嬉しかった。
碧海帝国の人間なら、あのバカ王子がどうこうしようとしても、邪魔はできないはずだし。
「ちょうどよかった。シュリよ。妾は今碧海帝国について調べ物をしている所じゃ。そなたの国の話を聞かせてくれ」
シュリは困ったような表情をした。無理もない。秘密主義国家では、簡単に国の話などできないだろう。
私はシュリを安心させるように、できるだけ優しい表情と声を作った。
「そなたが話せる範囲でよい。話せないことは無理に話さなくてよいのだぞ」
シュリはほっとしたように息をつき、頬を緩ませた。
なんかエドガーの従者らしい、人のいい癒し系キャラだな。見てるだけで癒されるけど、できれば頭なでなでしたいくらい可愛い。
「そなたのつけているメガネは碧海帝国独自の技術か?」
「創造神様はメガネを御存じなのですか?」
私は普段は裸眼だけど、文字を読むときはいつもメガネをつけていた。メガネがないせいで、この世界で文字を読むのはつらい。
「妾も文字を読む時はメガネをつけるゆえ、今はなくて不便しておる。そなたの国に行かれるなら、ひとつ作らせたいものじゃな」
「ぼ、僕のでよければ」
慌ててシュリはメガネを差し出す。私は仕方なく受け取ってかけようとしたがフレームが小さすぎる上に、度もきつすぎて私にはあわなかった。
「心遣いは嬉しいが、妾にはあわぬようじゃな」
しょんぼりとするシュリにメガネをかけてあげて、頭をなでた。さらさらとした心地よい手触りの髪が心地よい。
「大丈夫じゃ。妾はシュリほど目は悪くない。メガネがなくてもそなたの顔ははっきりわかる」
シュリは真っ赤な顔をして俯いた。やっぱり可愛い。こんな弟ほしいな。
癒し系ペットを手に入れて、私は久しぶりに穏やかな気持ちになれた。