一人孤独の探索行1
まずは何から調べるか?
碧海帝国についての基本知識。キルギス教団と『神語』について。
『大災害』と同じく、私の小説になかった事を調べたい。
オッサン文官に碧海帝国の資料探しを頼んだんだけど、なかなか難航してるようだ。
鎖国なんてしてるぐらいの秘密主義だから、元々資料が少なく、情報を手に入れるのが難しいらしい。
キルギス教団についても上の方から圧力がかかっているみたいで、教団関係者と私が接触できないようになってる。
あの狂人教主が何かしでかさないか、心配なんだろうけど。
他に気になるのは、私はまだ城から一歩も出てないということだ。
街の様子は小説とどれくらい違うのか。直接私の目で確認したい。
オッサン文官は資料探しで忙しく、私の部屋にいなかった。仕方なく家具のように無表情なメイドさんに聞いてみた。
「妾は城の外に出たい。用意いたせ」
「できかねます」
「なぜじゃ」
「創造神様をこの城の外へ行かせてはならないと命令されております」
「誰の命令だ」
「わかりません。私の女官長からそう言われているまでの事です」
質問しても、知らぬ存ぜぬでのらりくらりかわされる。
まだ20代ぐらいの若いメイドさんなのに、しっかりしてて頭いいな……。つけいる隙がない。
「では城の中を散策する」
そう言って部屋を出ると、メイドさんがついてくる。
「なぜついてくる」
「城の中で迷われる事のないように、どこまでもお供します」
やっぱりこの人、私の監視役なのかな?それとも貴族とか王族とかみたいに、お付きの人がわらわらついてくるのが当たり前なのかな?
城を適当にウロウロしたが、メイドさんは無言でびったりくっついてくる。
特に行き先を制限される事もなかった。
調子に乗って歩いてたら帰り道がわからなくなった。
しかたない。メイドさんに聞くか……。話しかけようとして、ふと思った。
そういえばこの人の名前知らない。
オッサン文官は名前を教えてくれたけど、この人は最初から名乗ってなかった。
「そなたの名はなんと申す?」
無表情だったメイドさんがすごい驚いた顔したまま、何も答えたかった。
驚いてるって事は私の言葉聞いてたって事だと思うけど、なんで無言?
「名前を聞いているのだが?」
「失礼しました。そのような質問される方がいるとは思いませんでしたので」
「名を聞く事のどこがおかしい」
「高貴なるお方は下々のものに興味などありません。名前など不要でございます」
「名前を呼べなくては不便ではないか」
「話しかけられる前に、主人が何を考え次に何をするかわかって、何も言われなくても先に動くのが召使いというもの。名前など呼ぶ必要もございません」
メイドさんすごい。予測機能付き家電みたいに高性能だよ。
人間なのにね。
この世界ではそれが当たり前かもしれないけど、私にはそれがひどく悲しい事に思えた。
「必要などなくても妾は知りたい。そなたの名は?」
メイドさんは困ったような顔した。
こんなに色々表情変わる所、初めて見た。
「……ユリアと申します」
なんかちょっと照れてる。可愛い。この人ツンデレか?
「ではユリア。やはり外に出てみぬか?ユリアも一緒に」
「お断りします。お部屋にならご案内しますが?」
迷子になってる事は気づかれてたようだ。
ツンデレメイドいいかも~。とちょっと楽しくなってしまった。
部屋についてもうじき夕食という頃、ソイツはやってきた。
「我が麗しの女神よ。ごきげんいかがかな?」
あんたの顔みたら機嫌悪くなったよバカ王子。
しかも勝手に夕食を一緒に食べようだなんて。せっかくのご飯がまずくなるじゃないか。
私は不機嫌さを隠す事なく、無言で肉じゃがを口に放り込んだ。
「どれも茶色で地味な料理だな、碧海帝国料理は。しかも変な匂いのするソースだ。これは元々こういうものなのか」
バカ王子は肉じゃがを気味の悪いもののように見ている。
私からすれば聖マルグリット王国料理の方がゲテモノだ。
バカ王子は私の真似をして箸を使おうとしたが、うまく握れず、結局スプーンとフォークを用意させた。
「匂いは慣れないが、味は……まあ悪くはないか……」
「嫌なら食べねばよいだろう」
「女神が好まれる料理はどのようなものかと」
バカ王子は私が口を聞いたのが嬉しいのか、急に機嫌良くなった。
「今日は城の中を散策されたようですね。おっしゃってくだされば、私が案内致しましたのに」
「では明日は城の外を案内せよ」
バカ王子はにっこり笑って答えた。
「それはできません。城の外など見る価値もない」
「やはり妾を外に出さぬのは、そなたの差し金か」
王子は急に不機嫌な顔をした。
「アルとお呼びくださいと、何度言えばわかってくださるのか」
「妾を城から出すなら、言ってやるぞ」
「あなたはあきらめて私の腕の中にいればいいのですよ」
「断る」
私は食事が終わってバカ王子が出ていくまで、一言も口を聞かなかった。