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王宮魔術師の恋愛事情

氷の公爵令嬢の瞳に映りたい俺の話

作者: 中田かすり
掲載日:2026/05/15




本作は、拙作

『ハイスペ魔術師様は幼馴染への愛が重すぎて酒場で号泣する。その呪いってただの疲れ目だから、まずは寝てくれ』

のスピンオフ作品です。


今作単体でもお読みいただけますが、本編や関連作品を読んでいただくと、よりお楽しみいただけるかと思います。







 綺麗な女だと思った。


 煌びやかなシャンデリアの光が長い睫毛の影を作り、彼女の頬に落ちる。

 夜会で見かけたグラナード公爵家の令嬢、ヴィクトリア嬢は、圧倒的な存在感を放っていた。


 夜空を映したような深い青のドレスを纏い、扇子を操る所作一つとっても、他の令嬢たちとは一線を画す高潔さを放っている。


 白い肌も、巻き上げられた亜麻色の髪も、切れ長の大きな瞳も、何もかも好みだった。


 近寄りがたいほど完璧で、社交界では“氷の公爵令嬢”とまで呼ばれているらしい。

 実際、夜会でも彼女に気安く話しかけられる男はほとんど見たことがなかった。



「ゼノさまあ!」



 エスコートを頼み込まれしぶしぶ訪れた夜会で、俺はしばし呆然と立ち尽くしていた。


 俺の腕にぶら下がるのは兄嫁の妹のセイラ。

 社交界デビューほやほやで、舞い上がっている。



「お前、あんまり羽目外すなよ? あとで義姉さんに怒られるの俺なんだからな」



「はあい!」



 ため息を吐きながら、近くにいた給仕からドリンクを受け取る。


 夜会は嫌いだ。


 王宮魔術師として生きる俺にとって、知らない貴族相手に愛想笑いでしのぐこの場所は、拷問でしかない。

 仕事を言い訳に、たまにしか出席しない俺が物珍しいのか、ひっきりなしに挨拶が絶えない。


 細長いグラスを傾けながら、ああ、いつもの酒場で美味い飯食いながらビール飲みてえ……ぼんやりとそんなことを考えていた。


 大広間の中心ではヴィクトリア嬢が優雅にダンスを踊っている。

 お相手はずいぶんと見目の良い男。


 男は彼女の耳に顔を近づけ、なにごとか呟いたのだろう。ヴィクトリア嬢はわずかに目を丸くしたあと、照れたように微笑んだ。

 そりゃあ、そうだよな。

 あんな高貴な女、パートナーがいないはずもなく。


 無意識に口から乾いた笑いが漏れる。


 グラスの残りを一気に煽った。



 彼女とはそのあと何度か出た夜会で、一度だけ話したことがある。

 いや。親父経由で紹介されただけだが。

 話したうちには入るだろう。

 彼女の従者や侍女たちのガードがとんでもなく固く、名前以外ろくに口に出来なかったが。


 だから、あの店で。


 友人のアルヴィスに言伝を頼まれ訪れたメイちゃんの店で、彼女がいるなんて夢にも思っていなかったんだ。


 その頃メイちゃんの店は、あのアルヴィス・フォルトナー行きつけという噂が広まって、あいつ目当ての令嬢が押し寄せていた。

 だからすぐにわかった。


 ああ、やっぱりアルヴィスかよ。


 夜会であんな良い男連れ回してるくせに、結局は次の王宮筆頭魔術師と目されるあいつかよ。


 あいつ。アルヴィスなんか、アホみたいに愛が重くて、メイちゃんの前じゃポンコツのくせに。


 無性に腹が立って。


 気がついたらヴィクトリア嬢に暴言吐いて、メイちゃんに追い出されていた。



「くそ……何やってんだ、俺は」



 外の冷たい空気に頭を冷やしながら、俺は自分の短慮を呪った。


 それからメイちゃんにも合わせる顔もなく、俺は毎日のように酒場に入り浸っていた。



「え? お前ヴィクトリア嬢のこと知らないの?」



 その日は久しぶりにアルヴィスも一緒だった。

 メイちゃんが従姉妹の家に泊まりに行って会えないらしい。

 ざまあみろ。


 こんがり焼かれたハーブソーセージにかじりつくアルヴィスは平然とした顔で答える。



「知らん。メイ以外の女は全部同じにしか見えない」



「……はあ。いや、お前はそういうやつだったな」



 ヴィクトリア嬢も難儀な相手を選んだものだな。

 少し同情した。

 俺に同情されたところで、迷惑だろうが。


 美味そうにビールを喉へと流し込んだアルヴィスが、ふと手を止めた。



「そういえばメイが、常連の令嬢について話してたな。最近顔を見せないらしく、落ち込んでいた。そんなメイもかわいいが、やっぱりメイは笑顔が一番良く似合う……なんだゼノ。どうした、飲み過ぎか?」



 頭を抱える俺にアルヴィスが水のグラスをよこす。



「違う。……なあ、アルヴィス。ちょっと頼みがあるんだ」



 あのときメイちゃんが俺に言ったのは、間違いなんかじゃなかったんだ。


 ヴィクトリア嬢はメイちゃんの珈琲が好きで、店に通っている。


 それを早合点して俺が……


 だって貴族令嬢が町の喫茶店通うなんて、誰が想像できるんだよ。


 しかもあんな高位の、あんな綺麗な女が。


 アルヴィスに頼んで久しぶりに訪れたメイちゃんの店に入ろうとしたそのとき。

 店内から凛とした張りのある声が聞こえた。



「ここは、アルヴィス・フォルトナー様が六年の空白を経てようやく辿り着いた、魂の安息地。あの方の幸福な時間が、一杯の珈琲と、メイ様の微笑みによって紡がれている……まさに聖地。

推し方は人それぞれ、何を思うかは自由ですわ。解釈違いもまた一興。ですが……推しの平穏を脅かす行為は、このヴィクトリア・グラナード、見過ごすことができませんわ」





 アルヴィス目当てと思われる令嬢たちを前に、ヴィクトリア嬢の演説が始まった瞬間、店内の空気が変わった。


 堂々と持論?を展開する姿は、夜会で見る『氷の公爵令嬢』そのものだ。


 いや、違うな。


 あの夜会よりずっと生き生きしている。



「皆様、ひとつお尋ねしてもよろしいかしら? ──貴方様方、あの方に『個人』として認知されているとお思い?」



 そこにいる全員の時が止まった。



「いいですか。アルヴィス・フォルトナー様の視界を占有しているのは、このメイ様という唯一無二の存在のみ。わたくしたちなど、あの方の瞳に映る景色……せいぜい、背景の調度品か、道端の石ころ程度の認識ですわよ。それを『お相手として認める』だなんて。視界にすら入っていないわたくしたちが、どの口で公式(あの方)の選択を裁けるというのかしら?」



 ヴィクトリア嬢のそばに控えるいつもの侍女は、店の壁を見つめながら目は死んでいた。


 うん。そうなりますよね。


 令嬢たちがひとり、またひとりと店から出て行った。


 そのあと声をかけたのは俺なのに、ヴィクトリア嬢は初めて紹介されたアルヴィスに釘付けで。


 いつも毅然とした態度で社交界の華になっているはずの彼女の慌てぶりが、なんとも面白くなくて。


 彼女の横顔を凝視しながら。


 俺を見ろ。


 俺を見ろ。


 そう願っていたんだ。







 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 氷の公爵令嬢の瞳に映りたい男のお話でした。


 ヴィクトリアは今日も元気に“公式”を推しています。

そのため、ゼノの本当の苦労はこれから……かもしれません。


 本編や関連作品とあわせて、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


 少しでも面白いと思っていただけましたら、【評価★】やブックマークで応援いただけると励みになります!

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