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古着屋アップル 第1話 短編版

作者: 岩田 ヒロ
掲載日:2026/05/06

 誰も着ていない服が欲しい――そう思って、原宿に来た。


 高校生の冬は、みんな同じようなダッフルコートやPコート。週末はフリースかダウン。原宿に集まる若者たちも、似たような服ばかりだ。


 凛と歩き回ったけれど、どの店も同じ。白やピンクのコートもあるけれど、学校には着ていけない。


「もう諦めようよ、詩。誰も着てなさそうな服なんて、高い店にしかないって。甘いスイーツ食べて帰ろ?」


「そうだよね……」


 そう言いながらも、あたしは諦めきれず、裏道へ入った。人通りは少なく、クレープ屋もない。失敗したかなと思ったとき、小さな標識が目に入った。


「ここ、ドック・ストリートって言うみたいよ」


 凛が指差した先に、「古着屋アップル」という看板があった。地下に続く階段。中は見えない。


「凛、ちょっと見てみない?」


「えー、古着はちょっと……」


 でも、あたしの足はもう階段を降りていた。


 ガラン、と鈴の音。乾いた匂い。暖かい空気。


 そこは、まるで外国だった。大きな襟のシャツ、シャーロック・ホームズみたいなコート、映画で見たようなレトロな服。ユニクロには絶対ない世界。


「ここ、渋いね……」

 凛が小声でつぶやく。


 店内を一周したところで、店員さんが声をかけてきた。


「どんな服探してますか?」


 パパと同じくらいの年齢。広がったパンツにブーツ、シャツを羽織った独特の雰囲気。


「冬に着るコートを……」


「これなんてどうでしょう」


 差し出されたのは、グレーの小さなチェック柄。軽くて、温かい。


「うちはロンドンで買い付けてるんです。これは二十年前に流行ったコートですよ」


「そんな古いんですか?」

 凛が引き気味に言う。


「天然素材は、ちゃんと手入れすれば百年着られます」


 袖を通した瞬間、胸が高鳴った。


 鏡の中のあたしは、いつもの紺のPコートとはまるで別人。肩のライン、シルエット、雰囲気。

 ――これだ。


「凛、どう思う?」


「選ぶなら……最初のやつかな」


 店長さんも頷く。

 あたしは鏡の中の自分から目が離せなかった。


「こ、これ、ください」


 気づいたら言っていた。


 ***


 クレープを食べながら、凛が言う。


「ほんとに良かったの? 誰もそんなコート着てないよ」


「いいの。誰も着てない服が欲しかったんだもん」


「店員さんがかっこよかったからじゃないの?」


「いやいや、あれは違うよ。でも……試着すると断れないんだよね、あたし」


「お人好しだもんね、昔から」


 コートを抱えて歩くと、気持ちが勝手に上がっていく。

 クレープも、いつもより甘く感じた。


 ***


 家に帰ると、ママがコートを見て言った。


「あら、懐かしい。これ千鳥格子じゃない?」


「チドリコーシ?」


「チェックの種類よ。これ古着? ヴィンテージ?」


 ママの口からそんな言葉が出てきて驚いた。

 ユニクロばかり着てるのに。


「ロンドンから仕入れた服らしいよ。ママもこういうの着てた?」


「私は着なかったけど、大学の頃はみんな黒いコートとかチェックのコート着てたわ。流行は巡るのよ」


「流行らなくていいけどね。明日からこれ着て学校行く。なんか、いいことありそう」


「誰も着てない服が欲しかったの?」


「うん。たまたま入った古着屋で、ビビッときちゃって」


「それは良かったわね。じゃあ勉強も頑張って」


 鏡の前でコートをもう一度羽織る。

 肩のラインが、少しだけ大人に見えた。


 明日、このコートを着て学校へ行く自分を想像すると、胸が高鳴った。


読んで頂き、ありがとうございます。

本編はこちらから読めます。

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