古着屋アップル 第1話 短編版
誰も着ていない服が欲しい――そう思って、原宿に来た。
高校生の冬は、みんな同じようなダッフルコートやPコート。週末はフリースかダウン。原宿に集まる若者たちも、似たような服ばかりだ。
凛と歩き回ったけれど、どの店も同じ。白やピンクのコートもあるけれど、学校には着ていけない。
「もう諦めようよ、詩。誰も着てなさそうな服なんて、高い店にしかないって。甘いスイーツ食べて帰ろ?」
「そうだよね……」
そう言いながらも、あたしは諦めきれず、裏道へ入った。人通りは少なく、クレープ屋もない。失敗したかなと思ったとき、小さな標識が目に入った。
「ここ、ドック・ストリートって言うみたいよ」
凛が指差した先に、「古着屋アップル」という看板があった。地下に続く階段。中は見えない。
「凛、ちょっと見てみない?」
「えー、古着はちょっと……」
でも、あたしの足はもう階段を降りていた。
ガラン、と鈴の音。乾いた匂い。暖かい空気。
そこは、まるで外国だった。大きな襟のシャツ、シャーロック・ホームズみたいなコート、映画で見たようなレトロな服。ユニクロには絶対ない世界。
「ここ、渋いね……」
凛が小声でつぶやく。
店内を一周したところで、店員さんが声をかけてきた。
「どんな服探してますか?」
パパと同じくらいの年齢。広がったパンツにブーツ、シャツを羽織った独特の雰囲気。
「冬に着るコートを……」
「これなんてどうでしょう」
差し出されたのは、グレーの小さなチェック柄。軽くて、温かい。
「うちはロンドンで買い付けてるんです。これは二十年前に流行ったコートですよ」
「そんな古いんですか?」
凛が引き気味に言う。
「天然素材は、ちゃんと手入れすれば百年着られます」
袖を通した瞬間、胸が高鳴った。
鏡の中のあたしは、いつもの紺のPコートとはまるで別人。肩のライン、シルエット、雰囲気。
――これだ。
「凛、どう思う?」
「選ぶなら……最初のやつかな」
店長さんも頷く。
あたしは鏡の中の自分から目が離せなかった。
「こ、これ、ください」
気づいたら言っていた。
***
クレープを食べながら、凛が言う。
「ほんとに良かったの? 誰もそんなコート着てないよ」
「いいの。誰も着てない服が欲しかったんだもん」
「店員さんがかっこよかったからじゃないの?」
「いやいや、あれは違うよ。でも……試着すると断れないんだよね、あたし」
「お人好しだもんね、昔から」
コートを抱えて歩くと、気持ちが勝手に上がっていく。
クレープも、いつもより甘く感じた。
***
家に帰ると、ママがコートを見て言った。
「あら、懐かしい。これ千鳥格子じゃない?」
「チドリコーシ?」
「チェックの種類よ。これ古着? ヴィンテージ?」
ママの口からそんな言葉が出てきて驚いた。
ユニクロばかり着てるのに。
「ロンドンから仕入れた服らしいよ。ママもこういうの着てた?」
「私は着なかったけど、大学の頃はみんな黒いコートとかチェックのコート着てたわ。流行は巡るのよ」
「流行らなくていいけどね。明日からこれ着て学校行く。なんか、いいことありそう」
「誰も着てない服が欲しかったの?」
「うん。たまたま入った古着屋で、ビビッときちゃって」
「それは良かったわね。じゃあ勉強も頑張って」
鏡の前でコートをもう一度羽織る。
肩のラインが、少しだけ大人に見えた。
明日、このコートを着て学校へ行く自分を想像すると、胸が高鳴った。
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