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第5話「足るを知る」



 白水に示された木造神社の通路を一誠が走る。長い通路をしばらく走ると、ようやく目の先に祭壇のようなものがある広間が見えてきた。


 広間に到着して一息つき、周囲を確認する。特に危険な物はない。強いて言うならこの空間はいかにも怪しげな儀式をしそうな神社の中という雰囲気があった。


 祭壇に近づいたところで、一誠はようやく彼女の姿を確認できた。


「海暖! しっかりしろ海暖っ!」


 祭壇の上で両手を組みながら眠っている海暖を発見する。近づいて素人なりに調べるとただ眠っているだけとしか思えない。少なくとも死亡していることはないと判断して、一誠は安堵の息を漏らした。


(発見できたのはいい……どう脱出する……?)


 一誠は不安に煽られている。それを紛らわすように左右の壁に立てられている大きな蝋燭(ろうそく)の明かりを見ながら、考えを巡らせていく。


 その時、背後から頼もしい声が聞こえた。


「まったく。躊躇なく手を突っ込むのは感心しないな、一誠」


 声をかけて来たのは玲奈であった。一誠が彼女に気付いて振り返ると、嬉しさと安堵の笑顔が零れた。


 しかし彼はすぐにバツが悪い表情をする。玲奈が少し一誠を責めるような視線を送っていたからだ。危険に突っ込む一誠を見て自然とそうなった。しかしそれも、少し間が空くと霧散して玲奈は彼に笑顔を作った。


 それを機に一誠が質問する。


「おまえのほうは、大丈夫だったのか?」

「専門家だからな、引き際くらいは楽勝でわかる……うん、水羽さんも大丈夫だな。何かしてるかと思ってたけど、やっぱアイツ、腐っても神様ってタイプらしい」


 玲奈の確認にほっとした表情を見せる一誠。

 続けて、彼は気を引き締めて尋ねる。


「なあ、どうやって戻るんだ? 元の道を戻って行けばいいか?」

「ああ……それはちょっと問題があるんだよなあ」


 玲奈がバツが悪そうに言い淀む。


「力不足で申し訳ねえんだけど、私と一人だけならあっさりと結界から出れる。残った一人はまた水の試練とかいうふざけたものを受けないとダメだろうな」


 玲奈の言葉に嬉しそうにする一誠。

 続きの言葉を言わせないように玲奈が遮る。


「私と一緒に帰るぞ一誠」

「断る」

「だろうな! わかってるよ! クソがっ!」


 祭壇の台の下を蹴る玲奈。一誠は思わず笑った。


「優しいのはいいけどさ、さすがにこんな時くらいは自分優先にしようぜ? なんでこんなとんでもねえことに巻き込まれて危険に首突っ込むんだよ……」

「まったく知らない他人ならそうしたんだろうけど、幼馴染だからな」

「こんな目に遭うやつに限ってそういうのがいるんだよなあ。ちなみに私が残る――」

「それができるならわざわざ訊かないだろ?」

「そうなんだよねー! ああクソだよクソ状況! だからあのお(とぼ)(がみ)はむっつりスケベ神なんだクソがっ!」


 鬱憤を紛らわすかのように玲奈は無茶苦茶なことを叫んだ。

 釣られて一誠も大笑いした。


 玲奈が呆れたような表情を見せながら一誠の手を取る。破損して指から外れそうになっている指輪をしている右手をだ。


「直しておくが、頼りにするなよ? 逃げられるなら逃げろ」

「わかってるさ」

「あーほんともー……嫌になっちゃうよなー」


 玲奈が指輪の部分に触れると、それはあっさりと修復された。一誠に伝わって来る感覚も先ほどと同じものだ。


 しっかりと指輪の確認を終えてから、玲奈が祭壇で眠っている海暖を背負う。


「水羽さんを外に連れ出してから、おまえを助けに来る。だから、死ぬなよ?」

「海暖を頼む」

「約束するって返せバーカ」

「約束は自信がある時だけに結ぶものさ」

「口約束は良くも悪くも安心させてくれるもんだ。やるんだよほらっ」

「嘘は嫌いだということにしておいてくれ」

「……誠実ってやつは時にはっ叩きたくなるな。まあ、いい。武運を祈る」


 冗談を言い合うやり取りが終わって、玲奈が気落ちするような笑いを零した。そして彼に背を向け少し歩き出したところで、フッと一瞬で姿が不確かになり、そのまま消え去った。彼女の霊能力でこの裏世界から脱出したのだろう。


 見届けた一誠が深呼吸をして心身を落ち着かせる。

 そして元の来た道へ歩き始めた。


「では、帰りの水の試練を授けようではないか」


 広間を出ようとしたところで、入口に水の膜が張られる。同時にその近くの床から急に大量の水が渦巻いて竜巻のようになったと思えば、そこからあっさりと水守之白水が一誠の前に姿を現した。


 水守之白水は愉快気に一誠を覗き込んでいる。


「先ほどは判断力や胆力を試すものであった。ならば次は、審美眼や論理的思考力を試すものにしよう」

「……素直に返してくれればお参りくらいはしますよ?」

「信仰の足りぬ者の言葉ではなあ……クックック。それにだ」

「………………」

「どうせ時間を浪費するなら演劇でも見るほうがマシというものよ。それに貴様は、小娘への誘蛾灯としても申し分ない」

「ゆうがとう?」

「おっと。これ以上は水の試練に(さわ)ってしまうな。では励めよ、畠山一誠。私が作った偽物に騙されるような無様を晒さぬことを期待してるぞ」


 水守之白水が床から現れた水の中へ、また取り込まれようにして姿を消す。


「ご褒美が貰えるよう、精々頑張りますよ。白水様」


 いつの間にか掻いていた冷や汗を拭ってから、一誠は水の膜の中を通り抜けた。




   ■   ■




 拝殿の広間のような場所を出ると、一誠がまた木造校舎の廊下に到着する。


 玲奈の言葉を思い出しながら、温かい感じのするほうへ歩いていく。先ほどとは違う場所なのか途中で何度か不自然な十字路に出くわす。十字路に出くわすたびにそこで温かい雰囲気のほうへ足を運んだ。


 選ばなかったいくつかの通路では水の唖者が彷徨(さまよ)っている姿が目に入ることもあった。間違いの道には水の唖者たちが待ち構えていて襲って来たのかもしれない。


 そうやって進んで行ったところでようやく出口である水の膜の張られた部屋が見つかる。気を張ってから一誠が通り抜けると、次も見覚えのある場所だった。


「……またの体育館か。いったい何があるか――?」


 旧校舎の体育館。中央に進んだその瞬間。一誠の足元にバスケットボールが音を立てて転がってきた。ボールが来たほうに目を移す。


「ごめーん! ボールがそっちに行っちゃったー!」


 見知った黒髪ポニーテールの女の子が一誠に手を振っていた。慎重は海暖と同じくらいで少し小柄な女の子。誰かと思ったがやはり同級生の女子だ。彼女は谷町餡子(たにまち あんこ)だ。高校に入ってからの同級生である。


 異常な事態だというのに、一誠は落ち着いた様子で対応する。


「……そう言えば、谷町さんはよくボールを俺のとこに飛ばしてた気がするな。だからこんな場面を――」

「そうそう。きみのことが好きだからわざとそうしてたよ?」


 遮る形で谷町が言った。猫が獲物を狙うような瞳と笑顔を浮かべて。


「そうじゃないと、あそこまでわざとボールを外に出さないよ。きみと話すための方便ってやつだね」

「……それが白水の作り話ではなければいいがな」

「ここに本人がいるのに、どうして白水様が嘘をつく必要があるのさ?」


 谷町は心底不思議そうであった。一誠は先ほどから驚愕の心情を表にしないように必死だ。崩れてしまえば一気に冷静さを失いそうだったからだ。


(審美眼や論理的思考がなんたらかんたらは、偽物かどうかを見分けろってことか? いかんな、玲奈からは海暖以外の情報なんて聞いてないぞ……)


 一誠は冷静を努めて足下のボールを拾った。生まれてくる焦りを動作で紛らわせるように自然と行なった無意識のものだ。


 とんでもない事態に巻き込まれているので、一誠は彼女が谷町餡子本人ではないという確証をしかねている。


「きみも巻き込まれたのか。それはおかしいな? 玲奈はそんなことを言わなかったぞ?」

「玲奈さん? あ! それはね、いくら凄腕の霊能力者でも全部は把握しきれないんじゃないの? 神様の力を過小評価するのは良くないと思うなあ?」


 不思議そうに首をかしげる谷町。一誠はそれで眉間にしわを寄せる。ちょっと霊能力者に詳しすぎるような反応な気がしたからだ。


「君があの神社に来た理由はなんだ? それとも連れて来られたか?」

「それはもちろん恋愛成就! おかげで今こうして、あなたに気持ちを伝えられる。あなたも私の思い応えてくれる。そうでしょ?」


 一誠はしっかりと彼女の正面を向く。


「なら、俺のハーレムの一員でいいんだな?」

「もちろんだよ! 幸せはみんなで分け合うのが最高だからねっ!」


 谷町が笑顔で一誠に抱き着こうとする。一誠は察してボールをぶつけて(ひる)ませた。そして玲奈の指輪をしている右手の人差し指を前に出す。


「“放て”!」


 霊力弾が発射される。爆発四散だ。ただし人体ではなく水の塊が飛沫(しぶき)を上げて四散したのだ。つまり目の前にいる谷町餡子は水の唖者が偽装したものであるということだった。


「谷町さんはそんなこと言わねえよ。俺だって言わん。しかし恐ろしいな、本当に見分けがつかないぞ……抱き着かれていたら……」


 想像して冷や汗が流れたところで、ボトボトという音が四方から聞こえた。振り回ってそれぞれを確認すると水の塊がそこにあり、それはすぐさま水の唖者へ変貌する。


 喜色悪いことに、その水の唖者達の顔は谷町餡子の顔を悪趣味に変形させた醜いものであった。


 唖者達が流れるように口にしていく。明瞭のある声で。


上善(じょうぜん)は水の如し――」

「愛はみんなで分け合いましょう――」

「肉体の繋がりは儚いもの――魂の繋がりは尊きもの――」

「どうかどうか――体に宿る魂を私に分けてください――」

「「「「「あなたの心臓を――あなたの一欠片(ひとかけら)を――どうか私に譲ってください――そして水となって――一緒に溶けましょう――」」」」」


 水の唖者が動き出す。動きはそんなに早くないが遅くもない。早歩きと言ったところだ。


 一誠は出口を探すとあっさりと発見した。会議室に繋がる体育館の廊下への入り口部分に水の膜が張られていたからだ。


「お断りだ! 人の体ってのは満足にあればあるだけいいんだよ!」

「「「アぁー!! アぁー!!」」」


 恐怖と苛立ちを振り払うように叫んでから、一誠は素早く水の膜を通り抜けた。


 通り抜けて辿り着いた場所は図書館だ。旧校舎のものであるらしく一誠の通っている高校のものよりも狭い。そして窓の外には校庭で、校庭へはガラス扉を開いて直接行けるような構造になっていた。


 一誠が人の気配を感じて振り向く。


 見覚えのある人物だ。そう思って一瞬遅れて甘藷陽子(かんしょ ようこ)だと気づく。図書委員の引っ込み思案な女の子。クソダサ眼鏡が特徴の美人だ。眼鏡を外したときの素顔が破壊力抜群と男子でちょっと話題になることもある。一誠とは高校からの同級生で一誠とは去年は同じクラスだった。


「お久しぶりですね、富山くん」

「……どうしてここにいるか聞いても?」


 頭痛を感じるような状況に思わず顔を顰める一誠。


「それはもちろん、あなたとの恋を叶えるためですよ。もっとも、こんな状況になるなんて夢にも思いませんでした」

「それはそうだろうな。巻き添えにされたか?」

「いいえ。水守神社のことは存じ上げておりましたから。町の図書館にそういう資料が残っていましたよ。それでダメ元でお参りしたらこんな状況になったというわけですね」


 自然で優し気な彼女の笑みが一誠の不安を煽る。


(もっともらしい話に聞こえるが……彼女はもっぱらラノベや大衆小説とかを読んでたような気がするがな……そもそも公園のあんな奥に行かないだろ……)


 一誠は異様に冷静な甘藷に不信感を抱く。


「恋愛成就か。あんたは俺達のことをオシドリ夫婦やお似合いカップルと言って、なんだかんだ揶揄(からか)っていただろう?」

「それはそれ。これはこれですよ。それに世の中、常識にとらわれるのもよくありません。文学の発展と同じです」

「文学と?」

「ええ! 男と女が一対一で愛し合うというのは時代遅れというものです! 今の世の中はハーレムのような形態であるべきでしょう」

「……はあ?」

「つまりあなたのような素晴らしい男の子はそんなにいないということですね。でも私は恋敵と争うのは嫌なんですよ。だったらみんなで大切なものを分け合えばいい」


 途中までは図書室でよく会う甘藷だと思っていただけに安心に似た脱力が一誠を襲った。なんでこうもハーレム思考を押し付けてくるのだろうか。


 それも漫画のハーレムでさえ無理と言っていた甘藷陽子がである。


「なるほど。やっぱりあんたも偽物か。焦らせないでくれよ」

「え? はたけ――」

「“放て”」


 指輪から霊力弾が放たれ化けていた水の唖者が四散する。推測が正しかったことに安どして大きくため息を付いた。同時に疲労感が襲ってくる。先ほどから同級生を殺しているようで気持ち悪いのだ。


「水の試練というか、これ俺をオモチャにしてるだけじゃねえか」


 一誠が悪態をつくと鍵が開くような音が鳴った。その方向を見ると校庭に続くガラス扉が開いており外へ出られるようになっていた。そこから室内へ風が吹き込んでくる。


 一誠が校庭の中央へ向かって歩き出す。空の景色は夕焼けを迎えそうな色合いだ。そんな校庭の真ん中に見覚えのある女子高生のがロングヘアーをなびかせて後ろを向いていた。


「海暖……海暖だな」


 一誠が歩きながら考える。


(玲奈はやられたか? 相手は恐ろしい神様だからもしそうなら逃げ切ってくれればいいが……いや、俺を騙そうとする偽物の確率のほうが高いか。素人が見ても明らかに玲奈は凄い霊能力者だし)


 不自然な強い風が吹く。そのせいでロングヘア舞う。それを手で押さえようと自然と体が半回転したところで一誠のほうを向く。一誠に気付いて手を振って来る。


(……偽物っぽいが、操られて自分の意志がないパターンとかもあるのかな。あそこで助けた海暖が偽物だったというオチだって可能性もあるんだ。慎重に、慎重に判断して行動だ。

 俺は海暖を連れて帰るんだ。必ず)


 そうして一誠は、水羽海暖の姿をしている何かと対峙した。



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