第1話「水に誘われる。水を閉じるため」
「ラスボス爆誕シリーズ」のほうでも書いてありますが、本作は「原作(ゲーム・漫画など)の前日端的な外伝に位置する作品を描きたい」という作者の動機から生まれています。
他に関連作品があるわけではないのでご注意ください。
西暦二〇一X年。春が終わり夏が始まろうとする季節。空は快晴に照らされながらも大きな雲が目立つ。時刻は昼を過ぎたが夕方にはまだ幾分の余裕があるころ。
空の下には田んぼが広がっている。それらの田んぼをアスファルトで舗装された畦道が仕切りにしている。軽自動車が通れる程度の畦道には少しヒビがあったり土で汚れていたりする。それがいかにも田舎道だと主張していた。
その畦道の上を、二人の若い男女が仲睦まじく散歩をしていた。どちらも近くにある水盛公立高校の制服を着ていることから、高校生のカップルに見えるだろう。
「――そういうわけで今日の帰宅前の寄り道お散歩はー……水森山公園でーす!」
「おまえ、ずいぶん乗り気だな? 怪談やらホラーゲームは苦手じゃなかったか?」
「恋愛の神様にホラーなんて起きませんっ」
「あの公園にそんな神社が本当にあるなら、ホラー以外の何だと言うんだ……」
ニコニコしながら先導するように先を歩くのは高校二年生の女の子ほうだ。彼女の名は水羽海暖と言う。水盛町水森地区にある水盛公立高校に通う二年生だ。一五二センチの小柄な美少女である。振り向いたりする際に揺らぐ肩より少し長いロングヘアーが、愛敬のある笑顔の魅力をより引き出している。
「噂が本当なら小学生の時にでも見つかってるだろ。俺達はよくあの公園に遠足やらなんやらで行ってるんだぞ?」
そんな彼女に釣られて歩く高校二年生の男子。名を畠山一誠と言う。身長は一七七センチでぱっと見では細いが、よく見れば腕や肩が普通よりも太い筋肉質な体格をしている。短髪であることや芯を感じさせる整った表情が、彼の雰囲気を正統派のクールなイケメンとして成立させていた。
「そういえばその神社、名前があったりするのか?」
「水守神社って言うらしいよ。山奥にあるから少子化で忘れられたって神社なんだってー」
「……水森山公園にあるのに忘れ去れるとは、ますます変な話だな」
「でも忘れられた神ってロマンが詰まってるよ。“忘れられた神の私を助けてー!”とか。“願いを言え。さすればそなたの願いを叶えよう”とかさ、あるでしょ? だから本物を見つけたらご利益があると感じざるを得ないでしょっ」
「ご都合主義と純粋な欲望に塗られすぎなんだよな……」
海暖の沸き上がる期待の込められた言葉に、一誠が冷や水を浴びせるような呆れている視線を送った。
水守神社は最近になって噂になっている神社のことだ。
昔は二人の住む町の地域、水盛町水森地区における祭りや祭事が開かれる程度には使われていた神社だったらしい。それが不便な山奥――水森山の奥地にあるため、通う人がいなくなり、自然と破棄されてしまって誰も知るものがいなくなったらしい。
どこからの情報かわからないが、そんな神社のことがここ最近で二人の高校でちょっとした噂になっている。基本的には願いの適う恋愛神社としてだが、彼らの同年代で実物を確認した人物がいない。そのため一種の怪談のような受け取り方もされていた。
「海暖はすっかりライトノベルや漫画に浸かってるな。文芸部とはいえ少しは運動しないとお肉がふやけるぞ?」
「いーちゃんは筋肉を鍛えすぎだよ。頭の……私より成績良かったから煽れなーい(泣)」
「まあ筋肉を鍛えてる理由の一つだしな。悪かったら悲しすぎるだろ」
二人の間にはとある習慣がある。それは定期的に一緒に帰宅して適当な寄り道をしてデートのようなことをすることだ。毎日ではない理由は海暖が文芸部に所属し、週の何回かは帰宅時間が遅くなるからである。そのため帰宅部である一誠が彼女の都合に合わせている。
「いやいや筋肉は運動のためにあるものでしょ……は!? まさかパンツ1つでみんなに魅せる――」
「ジムで筋トレしているがボディビルのコンテストに出場する気はないからな?」
「よかった。まだ露出狂じゃないんだね」
「さらっとボディビルダーに喧嘩を売るんじゃない」
「あうぅ~」
一誠が冗談交じりに海暖を軽く小突くと、海暖はごめんなさいと茶目っ気を出しながら謝罪をする。
そんな感じで雑談をして畦道を歩いていると目的地である水森山公園のふもとに辿り着く。すると、二人の目の前に名前が記された木材と透明ガラスで整えられた案内図と公園内へ続いている石階段が現れた。
水森山と言うように、いちおう人々の認識は山なのだが、高さ的には丘のような場所に設立された公園である。幼稚園児の遠足にも利用できる程度の高さだ。
水森山公園は小さな山の中に作られた公園である。そのため公演はたくさんの木々に囲まれている。設計思想としては、散歩道として整えられた木々の中にある歩道を歩いて森林浴を楽しむというものだ。
「やばい……来たのはいいけど帰りたくなってきた」
「やっぱりホラーを感じたか?」
「いいえ。この階段上ったら疲れる――ふぉ!?」
「さあ歩こうか。運動不足はよくないからな」
一誠が嬉々として渋り始めた海暖の手を取った。今度は彼が先導するような形で、手を繋いだ二人は石階段をを上っていく。
海暖が顔を赤らめて、しばらくされるがままになってから、口を開く。
「い、いーちゃん。いったいなんで手を繋いでるの?」
「そうだな……幼馴染が十年後、お婆さんのような歩き方にならないようにするためかな?」
「まだ私もあなたもピッチピチですけど!? 高校生ですよ! 定年前のおじさんおばさんじゃないんだよ!?」
「老いを自覚した時にはもう若さは取り戻せないのさ……」
「経験者みたいに黄昏るのやめーやっ」
期待した答えとは違う返答をされた、海暖は赤らめた表情を普通に戻しつつ彼の横にさっと並ぶ。そして手の握り方を少しだけ調整して、恋心を満たせるような形にした。
一誠は海暖のそれやその内心にも気づいている。しかし少し笑みを浮かべるだけで、恋愛面については何も言う気がない。
彼も海暖と同じく、相手との仲を恋人の仲へ発展させることをよいと思っている。ただ生真面目なため、高校生では責任が取れないということで親しい幼馴染という関係に留めているだけだ。
石階段を上っていく最中、木々や草花、それに潜む昆虫達などの気配やわずかな匂いを感じるようになっていく。そして視線を少し横にずらせば、自分たちの住む町を見下ろせるようになっていた。
もっともその光景は町というよりも村と言ったほうがいいかもしれない。田んぼとアスファルトの畦道がほとんどで、わずかに軽トラックや一軒家の住宅がポツポツ見えるだけだからだ。
「いーちゃんはさ、将来のこととか考えてる? 地元に帰って来る?」
「予定としてはそうだな。大学か専門学校かわからないが、だいたいの方向性は決めてるぞ。それが終わったら町で働くつもりだ」
「ええ!? はっや!? 人生設計が早いよ!?」
「海暖はどうだ?」
「ん~~~~~~……専業主婦は、ダメですか♪」
「それはパートナーに訊けよ」
「いやだから訊い――くっ、ふっ……むーん!」
海暖がブルンブルンと頭を振る。
一誠が笑いそうになるが何とか堪える。続きの言葉は何となく予想できるが口にしてはいけない雰囲気なのでそれに従うことにした。
「んんっ! まあ私は、興味がある分野はあるけど実力が試されるからなー。無謀な気しかしないから、とりあえず考え中ってことでよろしく!」
「ああ、まあニートには注意しろ」
「貴族生活できるような裕福さなんてないからね、いざってときはバイトしかないしその方向性はないんだよなー」
雑談をしながら石階段を上り切り、二人は水森山公園に到着した。
少し中に入ると目印のようになっている人工的に彫刻された大岩がある。岩の中央に『水森山公園』が筆記体で書かれている華美な細工が施されている。その大岩を境に道が三つに別れていた。
散歩道は上から全体を見渡した場合、ゆるやかな曲がっているような直線で描かれている賽の目、網目状のような感じの構造になっている。最終地点の奥地はどの道を通ってたとしても到着するようになっており、そこには休憩所が設けられている。そこで少し休憩してからまた入口へ戻っていくようになっている設計だ。
「それで、水守神社はどこにあるんだって?」
「正確な位置はわかんない。でも奥地にあるっていう噂だから休憩所のどっかにあったりするんじゃないかな?」
「……丸太で作られた柵があるだけだよな? まあいい、行ってみるか」
「愛は丸太を乗り越えなければいけない、という試練なのかもしれない」
「試練が安っぽくないか?」
「きっとその神様は優しいんだよ。だから簡単なんだ」
そうして二人は森林浴を楽しみつつ奥へと歩いていく。
水森公園の散歩道は、高々として包み込むようないくつもの樹木、整備されている歩道、伸びすぎていない草花、木々の間から差し込む太陽の光で作られている。これらはどこか神秘的でありながらほどよく人工的だ。それらがよく調和している。
公園には久々に来たのだが、やはり雰囲気は変わらない。公園の散歩道はやわらかい光に包まれる穏やかな場所でだ。
雑談を混ぜながら念のために周囲を見渡しながら進む。特別なものは見つからない。何の障害もなく、二人は奥の休憩所に到達した。
「ゴールイン♪」
休憩所は、木造りの天井と椅子だけが用意されたいわゆる東屋と呼ばれる建物のことである。そこの椅子に海暖がドカッと座り込む。海暖が疲れたーと言わんばかりに息を整えている傍で、一誠が立ったまま周囲を見渡す。
やはり記憶通り、これ以上は間違って進まないよう、森のようになっている部分の境目に丸太のように加工した木材で仕切りが作られている。その先を超えて森の部分に入るものなら安全が保障されないことは見て明らかだ。迷うだけならまだいいが。マムシ、底なし沼、崖になった場所からの滑落やらで大怪我をするなどを否定できない。
(なぜこんな七不思議っぽいものが生まれるんだろうな……)
一誠が疑問と共に変わり映えしないなと感じつつ、海暖に視線を戻す。軽く雑談でもしようとしたところで海暖の視線がとある場所で固まっていることに気付いた。
海暖の視線の先にふと彼も視線を向けると、あまりに自然と丸太の仕切りが途切れている場所があった。
まるで森の中の最奥地はまだ先だと言わんばかりだった。
そこは獣道ではなく、何かしら手を加えられたことに気付く。地面に整えられた丸い石材がポツポツとある。ここを歩けと示唆されているのである。これを道と言わなければ何と表現すればいいのか。
よく見れば、その道の周りは木々と草花が不自然な茂り方をしている。簡単に言えば、木々と草花がひっそりと鳥居の形を象っているように見えるのだ。
(何だあれは……っ。あれは……あんなものがあったのか?)
存在しないものが存在する。一誠はそんな不気味な恐怖を背中に流れる大量の冷や汗で感じ取っていた。それを和らげるために息を整えて、海暖に帰ろうと促そうとして視線を移した。
「いやー! 見つけてしまいましたねー! 一誠くん!」
その海暖が上機嫌にはしゃいでいる姿が一誠の目に入っていく。彼女は興奮に促されてそのまま立ち上がり、一誠の手を取る。
「さあ! 行きましょうか!」
「いやあ、何の変哲もない場所だったなあ。さあ帰って勉強でもしよう」
「逃げようとするな! 行くんだよ行かなきゃなんで――力つよ!?」
「そりゃあ文芸部には負けないだろ」
「行こーよ行こーよ! 探検だよー!」
「怖いから行きたくなーい? よし、帰るぞ」
「言ってねえーだろそんなの! いーもん、みんなに“いーちゃんにいじめられたー(泣)”ってメソメソしてやるもんっ」
「なんて情けなくて効果的なことをしようとするんだ……」
ハア、と一誠が大きくため息をつくと海暖は嬉しそうに頬を緩ませた。なんだかんだ一誠が海暖に甘い対応をしがちで、今回も海暖の意志に従うことを感じ取ったからだ。
「フッ、後悔はさせねーぜっ」
「まあ断ったらクラスのみんなにチクチクされるからな」
「フッフッフ。幼馴染はこういうときにも強いのだー!」
(……むしろ“夫婦なんだからもっと海暖に優しくしないと“と言われる感じでからかわれるんだが、コイツわかってるのかな?)
海暖が力強く歩き出し、一誠がそれに従う。
「もし問題が起きたらアイスでも奢ってくれ」
「しょうがないなー。よろしくねー」
そうして二人はその道に従って森の奥へと進んでいった。木々に囲まれた道は実に静かで太陽を大きく遮っている道筋であった。それが終わったところで空からの光が急速に増し、大きく開けて整った場所に辿り着く。
「すごーい……きれー……」
辿りついた場所は広場のような場所であった。大きく目立つのは中央にある池、溜池とでも呼ぶべき大きな池があることである。それも不自然なほど透けている美しい水が溜められている。深い水底がはっきりと見えるし、そこに住んでいる小さな魚の細部も認識が可能だ。専門家や知識人であれば何の魚かわかるに違いない。
「おいバカ! 何をしてる!」
「おおっと!?」
大声を出して止めたのは一誠だ。何を思ったのか、海暖が池の澄んだ水を好奇心のままにすくってそのまま飲もうとしたからである。彼がもう少し周囲の様子を見ていたら、海暖はそのまま池の水を飲んでしまっていただろう。
「いーちゃん何をするのよー」
「何をするもクソもあるか。こんなもの飲むんじゃない」
「えー? だって綺麗な水じゃん? ミネラルウォーターだよ天然の」
彼女の能天気な発言に思わず一誠は頭を抱えた。
「バカやろう。自然にあるものはそんな簡単に飲んでいいものじゃない。せめて煮沸とかそういうことをしないと死ぬことだってあるんだぞ?」
「死ぬって……こんな綺麗な水なのに」
「そもそもこんな溜池みたいな場所の水が綺麗なことがおかしいだろうがっ。ダムの下にある泳ぎ場のこととか覚えてないか?」
「あー……」
言われて海暖は思い出そうするが、いまいち思い当たらないらしい。それを見て一誠はさっさと説明を補足する。
「水っていうのは水流がないと濁るものなんだよ。ダムの下の泳ぎ場が小学生になってから行かなくなったことを覚えてないか? あの泳ぎ場は新しいダムができたことで水流が弱くなって、濁っている状態が普通になったからだ」
「あー思い出した……たしか放流する時は綺麗になるんだよね。水流が増えるから?」
「そうだ」
「……そう考えると、この溜池っておかしいんじゃない?」
海暖が目の前の美しい溜池の不自然さに気付き、険しい顔になる。そう、この溜池には水流が生まれるような場所が見当たらない。溜池のように見える川ではないし、端も見えないような大きすぎる湖のような場所でもない。
正真正銘のただの大きな貯水池である。
「……変な微生物がいたりするパターン?」
「専門家ではないから知らんが、可能性はあるだろうな」
「うぎゃああああ!? さわっちゃったよー!」
海暖が大げさな手振りで手に着いた水を切っていく。一誠はそれを呆れるような眼差しで見守る。
「まあ虫とかついてないなら大丈夫だろう。飲み食いだけはするなよ?」
「いーちゃんの服で拭っていい?」
「俺の好感度が粉砕されてもいいなら構わないが?」
「それは嫌だな。しっかりブンブンします」
一誠が冗談交じりで返答すると、海暖が真剣な表情で両手を上下に揺らす。その間に一誠がざっと見渡したところでとある建造物が見えた。
少し遠くで見えづらいが、その目に入った構造物とは本殿や拝殿、あるいは社と呼べそうな建物である。
本当に神社なのだな。一誠がそう思った瞬間、彼が感じていた悪寒はますます強くなった。そして、白い髪をツインテールにして紺色の着物を着た小柄な少女が、一誠達を見下しているような錯覚を覚えた。
『――ほう? あれが我が信徒達の……悪くない男ではないか――』
一誠に内容は聞き取れなかったが、たしかに白い髪の少女が本殿のほうに姿を見せて笑っていた――感じたのではない、確信したという言い方が近い。
それは、ここは良くない場所だと判断するには充分な材料であった。
畠山一誠は『今すぐここから離れるべきだ』という焦燥感に促される。しかし騒ぎすぎてはいけない。ここは神社だ。信心深過ぎるかもしれないが、騒いだという理由だけで神罰が下る可能性があると思ってしまったのだ。
「さ、帰るぞ海暖」
「え? あ――」
一誠が手を上下に振っていた海暖の手を取り、海暖を溜池に背を向けさせる。
「少し奥に進みすぎたからな。帰らないと暗くなりすぎる。俺は鍛えているが、幽霊にはどうすることもできないからな」
「あ、うん……そ、そうだねっ」
言いながらグングンと来た道を戻る一誠。ほんの少しだけ溜池のほう――社があるほうを目に入れてから、海暖は視線を戻して一誠の誘導に従っていく。
「きょ、今日は積極的だねー、いーちゃん」
「まあ……そういう日もあるさ」
照れながら言う海暖に一誠は適当な態度で返す。それを海暖は明らかに不安に思う表情を浮かべているが、背を向けている一誠は気づかない。
一誠は、海暖からの好意に気づいている。
「……いーちゃんはさ、好きな人いる?」
「いるけど今は交際する気はないな。高校生だからな。最低でも大学生からだ、そういうことを考えるのはな」
「……私は、好きな人とは早く結ばれたいけどな」
「…………」
一誠はあえて答えなかった。
そして二人は水森山公園を去って、それぞれの自宅へと帰った。
■ ■
水盛町には日川神社というそこそこ大きな神社がある。平日の参拝客はそこまで多いわけでもないし、近くで商売する店も多くはない。しかし観光シーズンや祭日では多くの人が訪れて来る、この町で一番大きい神社である。
その神社で、昼を少しばかり過ぎた時刻。日差しの強い日。
「あなたが合田住職さんですか?」
「ええ、そうです。錆止女家にご依頼いたしました、しがない坊主でございます。さ、お座りください。お話は長くなるでしょうから」
「ええ、失礼します」
その神社の拝殿の中にて、密会という形で話をしている二人がいた。一人は錆止女玲奈という水盛公立高校に通う二年生の女子高生である。もう一方の男性のほうは水森地区を中心に小さな複数の寺を管理する御年六〇歳ほどの僧侶、合田住職である。
「その前に、先代の錆止女のご当主は……?」
「母は霊力の衰えを感じてついこの間、引退しました。家業の当主は現在、私、錆止女玲奈が勤めております。経験のほうは母に従って何度もありますから、信頼して頂きたいのですが?」
「なるほど。いや、実力を疑ったわけではありません。錆止女家はこの町とその周辺の霊障関係の問題を一手にお引き受けするお家です。不幸に足掛けしてしまったのではないかと心配になりましてな……」
「大丈夫ですよ。母は元気です」
「ならばよかった」
純粋な心遣いにお互いが微笑む。
「ではご依頼をお話させていただきましょう……その前に、水守神社についてご存じですかな?」
「それがネットや図書館で調べたのですが出てきません。名前と位置だけは確認できましたが詳しい記述がない。だから小さな神社だろうと思っていたのですが……?」
住職はしきりに頷く。そして最後には顔を曇らせる。
「そう、でしょうな。なにしろ神との縁を絶つため、我々はあえて失伝させましたから。水守神社の成り立ちから破棄までの管理や運営などについて、きちんと話せるのは、もう私くらいしか残っておらぬでしょう」
「……水盛というのはもしや、水守からの改名ですか?」
「左様。正確に言えば水守をミズモリと読むようにして神との距離を離し始め、やがて改名いたしたのです。
さらに時が経ち、いくつもの小さな村や地区を統合して一つの町とする際には、水森村を小さな地区にまで意図的に矮小化させました。
その上で神の怒りは買わぬように町の名前に水を含めはしましたが、さらに改名することで神――水守之白水様に敬意を抱き、畏れ慄き、距離を置きました。意図的なそれは功を結んで、最後は自然と誰も参拝しなくなった、そういう形で山奥に破棄するに至ったというわけです」
住職の長く語る顔に、わずかな苦渋の色が浮かんでいる。それを見て玲奈は水守之白水という神が厄介な悪神であると理解する。
「先代である母はそれに関わっていませんね?」
「ええ。もしかしたら調査など依頼したかもしれませんが、それ以外はしていないはずです。していたとしても、神との縁が繋がるのを恐れて余計な事はしていないでしょうな。
神社の封印を施したのは先々代の錆止女と同業者の方と聞いております」
玲奈が自分の祖母が話に出たところで顔を顰めてしまう。母は生きているが、先々代である祖母はとうに鬼籍だからだ。身内に尋ねても水守神社の情報は出てこないであろうことは察せた。
錆止女の家というのは女系の霊能力者の家系である。強力な霊力を誇るご先祖様の守護霊を宿しつつ、本人の素養も高いことが多いため、一般的な視点で言うなら実力者に分類される人間が多い家柄だ。
その錆止女が他の仕事で忙しいであろう複数人の同業者と協力する。それはつまり、水守之白水という神は生半可な存在ではないという証明である。
思考に耽る玲奈を伺いながら、住職は続きを口にする。
「……封印が解かれ、かの神がご顕現なされた場合、最初に起きることはおそらく猟奇殺人でしょう。その範囲が水森地区だけなのか、それとも水盛町全てで起きてしまうのか、私にはわかりません」
「かなり物騒な神だな……しかしそれなら焦るのもわかります。恋愛成就の噂が出ている神社らしいが詐欺にもほどがある。住職、あの噂はどこから出ているものか心当たりはありますか?」
「知人や寺、神社の参拝者の方々にお尋ねしてみましたがみなが“わからない”という類の回答でしたよ。しかし水森山公園は意外と人気の散歩道ですからおそらく――」
「そこで洗脳やら催眠やらの術を受けた可能性があるということか……神社の属性は水でしたね?」
「ええ。名は体を表すの典型である水です。記憶では神社の中には巨大な池がありましてな、名物でしたよ」
「となると、水蒸気や霧とかで干渉されたか? だがそういう術ならもっと極端な状態……それこそゾンビのようになってもおかしくないはずだから……やはり住職のご懸念通り、封印が解けかかっている状態なのかもしれませんね。まだ間に合う段階である可能性は高い」
住職が玲奈の言葉にホッと一息をついた。
さらに安心させるように、玲奈は自信を持って笑顔を作る。
「わかりました、間に合わせます。ご依頼を受けましょう」
「おお、これで心配事はなくなりました。感謝いたします」
「それではもう少し詳しくお話をしていただいてもよろしいですか?」
「おお、これは失礼。お仕事の確認を先走りすぎましたな。そうですなまずは……神社の成立。第二次世界大戦をきっかけに変容した村と水守神社。そして最後の犠牲者である、私の亡くなった婚約者についてお話ししましょうか」
そうして住職は感傷に浸りつつも、町の安全のために過去を話し始めた。




