第7話 生活魔法は万能です
「ふぅ……食った食った」
「最高だったな。肉汁がこう、口の中で踊るっていうか……」
私の作った特製ハンバーグ定食を完食した騎士様たちは、すっかり骨抜きにされた様子で椅子にもたれかかっていた。
強面だった第一印象が嘘のように、皆、幸せそうな顔をしている。
「お粗末さまでした」
私が食後の冷たいお茶を配ると、リーダー格の赤髪の騎士様――ガイル副団長が、ハッとしたように身を起こした。
「あ、ああ、すまねぇな嬢ちゃん。こんなに美味い飯、久々に食ったよ」
彼は満足そうに笑ったが、ふと自分の格好を見て気まずそうに眉を寄せた。
「……っと、悪いな。訓練の後だったから、少し店を汚しちまったかもしれん」
言われてみれば、彼らの装備は土埃にまみれていた。激しい訓練の直後なのだろう、汗の匂いも少し漂っているし、あちこち服が擦り切れたり、ボタンが飛んだりしている者もいる。
「本当だ。せっかくこんなに綺麗な店なのに、俺たちの泥がついちまった」
「おい、座布団に汗が染みるぞ、立て立て」
騎士たちは慌てて立ち上がろうとした。
根は真面目でいい人たちのようだ。
私は盆を胸に抱えて、クスクスと笑った。
「ふふ、気にしないでください。汚れるのは一生懸命お仕事された証拠じゃないですか」
「いや、でもなぁ……」
「それに、汚れならすぐに落ちますから」
私はカウンターから出ると、彼らの前に立った。
ちょうどいい。常連さんになってもらうための、ちょっとしたサービスだ。
「少しじっとしていてくださいね。――【広域洗浄】! 【消臭】! 【衣服修復】!」
私が指を鳴らすと同時に柔らかな風のような光が騎士たちを包み込んだ。
シュワワワッ……!
炭酸が弾けるような爽やかな音と共に魔法が発動する。
「うおっ!?」
「な、なんだ!?」
騎士たちが驚きの声を上げる中、奇跡は起きた。彼らの体にこびりついていた泥汚れや汗のベタつきが一瞬で消滅。
さらに汗臭かった体臭は森の木漏れ日のような爽やかな香りに変わり、擦り切れていた袖口や取れかけていたボタンが、まるで時間を巻き戻したかのように元通りに修復されていく。
光が収まると、そこには卸したての制服を着たようなピカピカの騎士団員たちが立っていた。
「……は?」
ガイル副団長が、自分の腕や服をペタペタと触って呆然としている。
「おい、嘘だろ……? 泥汚れが完全に消えてる。それに、この肩の破れ、昨日の討伐で魔獣にやられたやつだぞ? 跡形もねぇ!」
「俺のブーツもだ! 泥だらけだったのに、新品みたいに輝いてる!」
「すげぇ……体が軽い。ベタつきが一切ないぞ!」
彼らは信じられないものを見る目で私を凝視した。
「じょ、嬢ちゃん。今の魔法は一体……? 王都の高級魔導クリーニング店だって、ここまでは出来ねぇぞ」
「え? ただの【生活魔法】ですよ? 家事をするにはこれくらいできないと」
「いやいや! これを『家事』で片付けるのはおかしいだろ!?」
ガイル副団長が大声でツッコミを入れた。
そうだろうか。王城では「誰でもできる底辺魔法」扱いだったけれど、こうして感謝されるとやっぱり悪い気はしない。
「飯は美味いし、服まで直してくれるなんて……」
「女神だ……ここには女神がいるぞ……!」
騎士たちの目が、崇拝の色を帯び始めた、その時だった。
カラン、コロン。
再びドアベルが鳴り、店内の空気が一瞬で凍りついた。
物理的に温度が下がった気がする。
「…………」
入り口に立っていたのは、今日も今日とて美しくも恐ろしい、『氷の騎士団長』クラウス様だった。
しかし、その表情は昨日よりも険しい。
彼はピカピカになった部下たちと、その中心にいる私を交互に見ると、アイスブルーの瞳をスゥッと細めた。
「……お前たち。私の『隠れ家』で、何をしている?」
地獄の底から響くような低音ボイス。
背後から冷気という名のオーラが漏れ出している。
「げっ、団長!?」
「ち、違います! 俺たちはただ、閣下が最近楽しそうだから、一体何があるのかと……!」
「ほう。偵察か。……それで? なぜ私の店主を囲んでいる?」
「ひいっ!?」
クラウス様が一歩踏み出すと、床がミシミシと音を立てた。
(やめて、床は直したばかりなのに)
彼、もしかして怒ってる?
ていうか、「私の店主」ってどういう意味ですか。
「全員、即刻帰還しろ。グラウンド五十周だ」
「そ、そんなご無体なー!!」
ガイル副団長たちは、脱兎のごとく店から逃げ出した。
嵐のように去っていった騎士たちを見送り、私は苦笑しながらクラウス様に向き直る。
「いらっしゃいませ、クラウス様。部下の方たち、仲が良いんですね」
「……仲良くなどない。あいつら、余計なことを」
彼は不機嫌そうに唇を尖らせながら、いつもの定位置であるカウンター席にドカッと座った。
そして、逃げていった部下の方を睨みながら、ボソリと呟く。
「……ここは、俺だけの場所にするつもりだったのに」
その声が少しだけ拗ねた子供のように聞こえて、私は思わず胸がキュンとしてしまった。
あら、意外と独占欲が強いタイプ?
「ふふ。まあまあ、機嫌を直してください。今日はとっておきの『角煮丼』をご用意してますから」
私が言うと、彼ピクリと反応し、即座にこちらを向いた。
瞳の冷気はすでに消え、そこには「早くそれをくれ」という熱烈な期待だけが浮かんでいた。




