最終話 ただいま、私の『陽だまり亭』
王都からの帰り道。
豪華な馬車に揺られながら、私は窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。
雪のない、穏やかな南の風景。
けれど、私の心は不思議と、あの極寒の北の地を求めていた。
「……本当に良かったのか、エリーナ」
隣に座るクラウス様が、私の手を握りながら静かに尋ねた。彼の視線の先には、馬車の隅に置かれた「国王陛下からの贈り物」の箱がある。
国王は、アレクセイを廃嫡した後、私たちに頭を下げた。「北の聖女」として、私に王都に残ってほしい、と。
王家に伝わる高価な宝石や領地まで提示して。
だが、私はそのすべてを丁重にお断りした。
「もちろんです」
私は彼の手を握り返し、ニッコリと笑った。
「私の居場所は、王都の宮殿じゃありません。美味しいご飯を『美味しい』と言って食べてくれる人たちがいる、あの寒い街ですから」
「……そうか」
彼は嬉しそうに目を細め、私の手をそっと引き寄せた。
***
数日後。
馬車がノースガルドの城門をくぐった瞬間、私たちは度肝を抜かれた。
「「「「おかえりなさーーい!! 閣下! エリーナ様!!」」」」
街の大通りが人で埋め尽くされていたのだ。
騎士団員、海賊たち、商人、そして街の住人たちが総出で私たちの帰りを待ち構えていた。
「うおおお! 俺たちの姐御が帰ってきたぞ!」
「聖女様、王都の掃除お疲れ様でした!」
「辺境伯妃様、万歳!!」
紙吹雪が舞い、クラッカーが鳴る。
ガイル副団長が騎士たちの肩車の上で涙を流し、海賊のドレイク船長が「姐御のメシが食えるぞ!」と雄叫びを上げていた。
クラウス様が呆れた顔で私に囁く。
「……セバスチャンめ、帰還日をバラしたな。……だが、悪くない」
彼は馬車の窓を開けると、民衆に向かって手を振り、そして――私の肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。
「聞け! エリーナは俺の妻であり、北の女主人でもある!」
「「「ヒュ~~ッ!! ごちそうさまです!!」」」
街中からの盛大な祝福に、私は顔から火が出そうになりながらも、幸せで胸がいっぱいだった。
私はもう「役立たずの偽聖女」じゃない。
この温かい北の国の一員なのだ。
***
城での歓迎パーティの誘いを断り、私はクラウス様と一緒に、ある場所へ向かっていた。
路地裏にある見慣れた私の店。
『食堂 陽だまり亭』。
カチャリ、と鍵を開けて中に入る。
数週間留守にした店内は、少し埃っぽいけれど、私の大切な「城」だ。
「……ただいま」
私は王都で着ていた豪華なドレスを脱ぎ捨て、クローゼットの奥から引っ張り出した、いつもの服に着替えた。
髪も、きつく結い上げた夜会巻きから、いつものポニーテールに。
「ふぅ……。やっぱり、これが一番落ち着きますね」
私がカウンターを磨き、厨房の魔道コンロに火を入れていると背後でドアベルが鳴った。
カラン、コロン。
「いらっしゃいませ……あ、クラウス様」
そこには辺境伯の正装から、いつものラフな私服に着替えたクラウス様が立っていた。
彼はまっすぐカウンターの「特等席」に座ると満足そうに息をついた。
「……腹が減った」
その一言は、どんな愛の言葉よりも、私たちが日常に戻ってきたことを実感させてくれた。
私は最高の笑顔で答える。
「はい、喜んで! 今日のオススメは、南の大陸から届いたばかりのスパイスを使った、特製カレーですよ!」
これにて完結となります。
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