第44話 堕ちた聖女、王太子の末路
私がミリアを平手打ちで制圧した瞬間、舞踏会場は水を打ったように静まり返った。
貴族たちは、まさかあの「偽聖女」が、本物の「聖女」を黙らせるとは思わず呆気に取られている。床に尻餅をついたミリアは、頬を押さえ、わなわなと震えていた。
その目には、もはや嫉妬の炎すら残っていない。
あるのは、自分より格下だと思っていた人間に公衆の面前で「掃除」されたことへの底知れぬ恐怖だけだった。
「ひ……あ、あ……」
彼女が何かを言おうとしたが、その前に国王陛下が動いた。彼は疲労困憊の顔で、しかし国王としての威厳を取り戻し、衛兵に命じた。
「……衛兵。ミリアを捕らえよ」
「はっ!」
「えっ、あ、待って! 私は聖女よ!? アレクセイ様!」
ミリアが助けを求めて、かつての婚約者に視線を送る。
だが、そのアレクセイ様は――。
「……ミリア? 誰だ、それは」
彼は青ざめた顔で首を振り、ミリアから目を逸らしたのだ。
「え……?」
「私はそのような女は知らん。……ああ、そうだ。あれは王家を騙り、私を誑かした『世紀の詐欺師』だ! そうだ、私が被害者だ!」
「アレクセイ様!? ひどい!」
「うるさい! 衛兵、早くその汚らわしい女を連れて行け!」
あまりにも見苦しい、責任転嫁と裏切り。
会場の貴族たちからも軽蔑のため息が漏れた。
ミリアは「いやぁぁぁ!」と絶叫しながら衛兵たちに両脇を抱えられ、舞踏会場から引きずり出されていった。
彼女を待ち受けるのは、聖女の地位の剥奪と、「王族詐称」の大罪による、修道院での一生の奉仕――実質的な終身刑だろう。
さて、残る「汚れ」はあと一つ。
全員の視線が醜態を晒したアレクセイ様に集まる。
国王陛下は、自分の息子を冷たく見下ろした。
「……アレクセイ。お前にも沙汰を言い渡す」
「お、父上! お待ちください! 私は騙されたので!」
「黙れ。お前の愚かな行動が、どれだけ国益を損ね、ヴィンターヴァルト卿に無礼を働いたか、まだわからんのか」
国王は玉座に控えていた宰相に合図した。
「アレクセイ。お前を王太子の地位から廃嫡する。……そして、北への『謝罪』として生涯を北の『監視所』にて過ごすことを命じる」
「は……? 北の、監視所……?」
それはノースガルドよりもさらに北、国境の最果てにある吹雪と魔物しかいない極寒の砦だ。
事実上の「追放」であり、クラウス様の監視下で一生を終えろという最大の罰だった。
「そ、そんな……! 嫌だ! 死んでしまう!」
アレクセイ様が泣き叫ぶが、もう誰も彼を庇う者はいない。
クラウス様は国王のその裁定に静かに頷くと、私に向き直った。
「……エリーナ。これで、お前を縛るものは全て消えた」
彼は私の手を両手で包み込み、優しく微笑んだ。
「王都の『掃除』は終わった。……俺たちの北へ、帰ろう」
「……はい、クラウス様!」
こうして私を追放した二人は、それぞれにふさわしい結末を迎えた。
因縁の王城に、私はもう何の未練もない。
私には、帰る場所と待っていてくれる人たちがいるのだから。




