第43話 偽聖女の最後の悪あがき
クラウス様の「求婚宣言」は、静かな爆弾となって舞踏会場に投下された。
国王陛下は「ぐっ」と玉座の肘掛けを握りしめ言葉を失う。周囲の貴族たちは青ざめ、息を殺してことの成り行きを見守っていた。
北の軍事力と経済力を握る辺境伯が王都の許可ではなく、自らの意志で伴侶を決め、王家と「対等な関係」を要求する。
これが私を追放した王家への、彼なりの「回答」だった。
このまま国王が了承すれば、北の実質的な勝利で全てが終わる。
誰もがそう思った、その時。
「ま、待ったぁぁぁーーっ!!」
甲高いヒステリックな絶叫が静寂を切り裂いた。声の主は、人垣をかき分けて飛び出してきた聖女ミリアだった。
「そ、そんなの認めない! 絶対に認めないんだから!」
すっぴんがバレて以降、すっかり落ちぶれた彼女だが、その瞳だけは醜い嫉妬の炎でギラついていた。
彼女はアレクセイ様の袖を引っ張った。
「ねえ、アレクセイ様! なんか言ってやってよ! あんな偽聖女が! 泥棒猫が! 辺境伯様と結婚なんておかしいじゃない!」
「ひっ……! み、ミリア、よせ!」
アレクセイ様は、クラウス様の冷たい視線に射抜かれ、震え上がっている。もはやミリアの「盾」になる気力もないようだ。
ミリアは頼りにならない元婚約者を見限り、今度は私に向かって指を突きつけてきた。
「あんたのせいよ! 全部あんたが、私のものを奪ったんだ!」
彼女の叫びは、悲痛なようでいて、どこまでも自己中心的だった。
「私が聖女で、あんたは偽物だったのに! 私がアレクセイ様と結ばれて、あんたはみすぼらしく消えるはずだったのに! なんであんたがそんな綺麗なドレス着て、クラウス様の隣にいるのよ!」
ああ、これがあの人の本性か。
私は、あの追放された日のように俯くことはしなかった。
隣にいるクラウス様の手をそっと握り返し、彼のオーラとは違う、温かい安心感をもらいながらミリアを見据えた。
「……ミリアさん。私は、あなたから何も奪っていませんよ」
「嘘つき! 聖女の地位も、アレクセイ様の愛も、今度はクラウス様まで!」
「いいえ」
私は静かに、しかし会場の全員に聞こえるようにきっぱりと首を振った。
「聖女の地位は、あなたが民衆を裏切ったから失ったんです。アレクセイ様の愛は……最初からそんなもの、ありませんでしたよね? 彼が愛していたのは『聖女という地位』だけです」
「なっ……!」
アレクセイ様が息を呑む。
私は続けた。
「そして、クラウス様。……彼は、私が奪ったのではありません。私が『勝ち取った』んです」
私は隣のクラウス様を見上げた。彼は驚いた顔で私を見ている。
「私は、この人が『砂の味』しかしないと苦しんでいるのを知って、絶対に美味しいご飯を食べさせたいと思いました。その一心で、魔法を磨き、料理を作りました。……あなたは、その間に何をしましたか?」
「そ、それは……」
ミリアが言葉に詰まる。
彼女がしたのは、派手な光魔法で見栄を張り、王太子に媚びを売っただけだ。
「私は、あなたと違って『誰かのために』必死だった。……ただ、それだけです」
私がそう言い切ると、ミリアは悔しさに顔を歪め、ついに最後の手段に出た。
彼女は懐から短剣を取り出し、私に向かって駆け出したのだ。
「こうなったら……! その綺麗な顔、ズタズタにしてやる!」
「エリーナ!」
クラウス様が私を庇おうと剣に手をかけた。
だが、その前に。
パァンッ!!
乾いた音が響いた。
私は迫り来るミリアの頬を持てる力の限り、平手で打ち据えていた。
「…………へ?」
ミリアが何が起きたかわからないという顔で、その場に尻餅をついた。
「暴力はいけませんね、ミリアさん」
私はドレスの裾を翻し、元・食堂の女将として彼女を見下ろした。
「それに、刃物で人を脅すなんて、お客様の前でやることじゃありません。……これ以上、国を汚すなら、私、本気で『お掃除』しますよ?」
私の笑顔にミリアは「ひっ……」と息を引きつらせ、ついに意識を失ってしまった。
――こうして因縁の「偽聖女」問題は、物理的に幕を閉じたのだった。




