第42話 因縁の舞踏会
王城の舞踏会場。
ここは私が「偽聖女」の烙印を押され、アレクセイ様から婚約破棄を突きつけられた、因縁の場所だ。
あの時と同じ眩いシャンデリア。
あの時と同じ、見栄と虚飾に満ちた貴族たちの群れ。
音楽が鳴り響く中、会場の入り口でひときわ大きな声が響き渡った。
「ヴィンターヴァルト辺境伯閣下、並びにエリーナ・フォレスター様、御成りー!」
ドンッ、と儀仗兵の杖が床を打つ音。
会場の音楽がピタリと止まり、全ての視線が入り口に立つ私たち二人へと集中する。
半年前と、まったく同じシチュエーション。
でも、あの時とは何もかもが違っていた。
あの時は、冷え切った残り物のようなドレスを着て怯えて俯いていた私。
今は北の至宝を身に纏い、最強の男にエスコートされて堂々と胸を張っている。
「……あれが」
「北の聖女……なんと美しい」
「馬鹿! 美しいだけじゃない! あの御方が『缶詰』と『魔法野菜』の権利を握っておられるのだ!」
「デニング伯爵が、あの聖女様と取引しただけで今や宰相閣下を超える富を……」
彼らが向けるのは嘲笑ではない。
畏怖、嫉妬、そして……北の「美食」を手に入れたいという剥き出しの欲望だ。
「……すごいな。お前の『お掃除』が王都の勢力図まで『お掃除』してしまったようだ」
隣でクラウス様が、私にだけ聞こえる声で意地悪く囁いた。
私たちが会場を横切ると、貴族たちがモーゼの海割れのように道を開けていく。
誰もが私たちに話しかけたいのに、クラウス様が放つ「俺の宝に気安く触れるな」という絶対零度のオーラに当てられて誰も近づけない。
私は会場の隅に見知った顔を見つけた。
(……いた)
かつての婚約者、アレクセイ様と聖女ミリアだ。
アレクセイ様は北の地下牢での生活がよほど堪えたのか、すっかりやつれている。
今の私がいかに美しく輝いているか。そして、その隣に立つ男が彼が逆立ちしても敵わない本物の「王」であるか。
彼が自ら捨てたものが、どれほど価値のある「宝」だったのかを、今、骨の髄まで理解しているのだろう。
ミリアは、私ではなく、着ているドレスと宝石を蛇のような目で見つめていた。
「あれは全部、私のだったはずなのに」
という醜い嫉妬の炎が燃え上がっているのが見えた。だが、今の私にとって、彼らはもはや「どうでもいい」存在だった。
私たちは国王陛下の玉座の前へと進み出た。
「……よくぞ参った、ヴィンターヴァルト卿。そして……エリーナ嬢」
「この度の騒動、息子の不始末、まことに……」
「陛下」
国王の謝罪をクラウス様の冷たい声が遮った。
「我らは謝罪を受けに来たのではありません。 『宣言』をしに来たのです」
クラウス様は私を見つめ、そして国王に向き直った。
「この場で国王陛下の証人の元、エリーナ・フォレスター嬢に正式に求婚いたします。……そして、王都と北の新たな関係の締結を」
会場がどよめきに包まれた。




