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第37話 足元を見るのは、こっちの番です

 北の経済が息を吹き返してから、数週間。


『食堂 陽だまり亭』は、新たな局面を迎えていた。


「姐御! 俺『ペスカトーレ』の大盛りだ!」


「ガイル! 貴様、俺より多く頼むとは抜け駆けだぞ!」


「うるさい! こっちは自腹だ!」


 店は開店と同時に満席。

 屈強な騎士団員と、さらにガラの悪い海賊たちがカウンター席で仲良く肩を並べている。

 彼らのお目当ては、魔法農園で採れた完熟トマトと浄化クラーケンをふんだんに使った『北海ペスカトーレ』。

 そして交易で手に入れた香辛料で仕上げた『魔獣肉のスパイスカレー』だ。


 かつては干し肉と堅パンしかなかった北の食卓は、私と海賊たちのおかげで国際色豊かに生まれ変わっていた。


「……美味い」


 カウンター席では、クラウス様が公務の合間を縫ってカレーを至福の表情で頬張っていた。


「この米も南の大陸からドレイクたちが?」


「いいえ、クラウス様。これは魔法農園の『寒冷地仕様米』です。試験栽培、大成功ですよ」


「……そうか。米まで自給できるのか」


 彼が二皿目をおかわりしようとした、その時だった。


「閣下!」


 店の扉が勢いよく開き、息を切らせたセバスチャンが駆け込んできた。


「どうした、セバスチャン。そんなに慌てて」


「王都からです! 宰相閣下からの親書が……!」


 セバスチャンが差し出したのは王家の紋章が入った一通の手紙だった。


 店内の喧騒がピタリと止まる。


 騎士も海賊も食べる手を止め、憎き王都の名前に鋭い視線を向けた。

 クラウス様が冷たい表情で受け取った羊皮紙には、予想通り、王都の宰相からの傲岸不遜な要求が書かれていた。


「……ふん。『北の蛮族が作ったにしては上出来だ。例の『缶詰』と『浄化された海産物』を王家へ即刻献上せよ』か」 


 クラウス様が手紙を読み上げると、店内の空気が一気に氷点下に達した。


「ふざけるな!」


「こっちが飢え死にしそうだった時は無視しやがって!」 


「今さら何様だ!」


 騎士たちと海賊たちが一斉に怒りを爆発させる。

 クラウス様も静かに立ち上がり、その手紙を魔道コンロの火で燃やそうとした。


「……返事も不要だ。無視しろ」


「待ってください、クラウス様!」


 私は燃やされそうだった手紙を彼の手からそっと奪い取った。


「『献上』なんてとんでもない。返事はちゃんとしてあげないと」


「エリーナ?」


「『売って』あげましょう。もちろん『言い値』で」


 私は厨房に立つ店主としての商売人の笑顔を浮かべた。

 相手は今、南の大陸から物資が回ってこなくなり、逆に北の食材の噂だけを聞いて焦っているのだ。


「王都は私たちの食料を止めました。だったらこっちは、あちらの『贅沢』を人質に取りましょう」


 足元を見るのは、今度はこちらの番だ。


「……くくっ」


 最初に笑い出したのは海賊のドレイクだった。


「姐御、あんた最高だぜ! 悪魔かよ!」


 続いて騎士たちもニヤリと笑う。


「……エリーナ。お前は本当に……」


 クラウス様は呆れたように首を振り、そして愛おしそうに私の頭を撫でた。


「俺の女神は、時々悪魔より恐ろしいな。……だが、そこがいい」


 彼はセバスチャンに向き直った。


「聞いたな、セバスチャン。返書を書け。『北の産物は安くない。金貨を山と積んで、頭を下げて買いに来い』と」


 こうして北の国から王都への痛烈な「美食による経済制裁」が開始されたのである。

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