第33話 浄化される海
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ！！
私の両手から放たれたのは、もはや魔法というより「天災」に近い奔流だった。
消防車の放水を千本束ねたような【超高圧洗浄】ビームがヘドロの海に着弾する。
ザシュッッッ！！！
『ギョエエエエエエーーッ！？』
クラーケンの悲鳴が湾全体に響き渡った。
それは、ただの水ではない。
私の「汚れを許さない」という強い意志と膨大な魔力が込められた「聖なる洗浄液」だ。
シュワワワワワッ……！！
まるで真っ黒なインクが水に溶けるように、あれほど頑固だった海の汚泥が一瞬で白い泡となって分解されていく。
腐敗臭が消え、代わりにミントと石鹸を混ぜたような爽やかな香りが風に乗って漂ってきた。
『オ、オノレェ……！』
クラーケンは怒り狂い、残りの触手をすべて海中から引きずり出し、私めがけて叩きつけようとした。
――が、その触手は。
「あれ？ なんか……綺麗になってません？」
私が浄化ビームを浴びせかけた触手は、黒いヘドロが剥がれ落ち、その下から「プリプリとした純白のイカの身」のような美しい表面が露出していたのだ。
『なっ！？ 我ガ瘴気ガ……洗イ流サレ……！？』
「ダメですよ、まだ汚れが残ってます！ 仕上げは【研磨】で！」
『ヒィィィィッ！？』
私は水流の勢いをそのままに、さらに研磨の魔法を上乗せした。
もはや悲鳴とも断末魔ともつかない声を上げ、クラーケンは最後の抵抗として、体内に溜め込んだ「墨」を吐き出そうと大きく口を開けた。
「まずい、瘴気ブレスだ！ 伏せ――」
クラウス様の叫びは間に合わなかった。
だが、私は怯まない。
「【逆噴射】！！」
『ゴボベッ！？』
クラーケンが吐き出そうとした瘴気の墨が、私の魔法の圧力に負け、すべて自身の体内に逆流した。
やがて、水流を止める。
後には静寂だけが残った。
「…………」
クラウス様も、セバスチャンも、護衛の騎士たちも、全員が口を開けたまま呆然と立ち尽くしている。
まあ、無理もない。
目の前に広がる光景が、信じられないものだったからだ。あれほど黒く濁っていた湾は、南国の海のように透き通ったエメラルドブルーに輝いていた。崩れかけていた波止場も、汚れが落ちて新品のように真っ白になっている。
そして、湾の中央には。
「……ぷかぁ」
体長百メートルはあろうかという、巨大な真っ白なプリプリの「イカ」が気絶したようにプカプカと浮いていた。
「ふぅ……。お掃除、完了です」
私は額の汗を拭った。
クラウス様がカクカクとブリキの人形のように私を振り返る。
「……エリーナ。あれは……」
「はい！」
私は満面の笑みで、その巨大な食材を指差した。
「見てください、クラウス様！ 極上の『クラーケン』です！ 早く引き揚げないと、鮮度が落ちちゃいますよ！」
こうして北の海から「呪い」は消え、代わりに膨大な「タンパク質」が手に入ったのだった。
