第29話 魔獣肉の革命
「さて、農作物が育つまでには、魔法を使っても少し時間がかかります」
魔法農園を視察した後、私はヴィンターヴァルト城の作戦会議室で、クラウス様や騎士団の幹部たちに向き直った。
「それまでに、今あるもので『儲かる特産品』を作ってしまいましょう」
「今あるもの、か……」
クラウス様が腕を組む。
「北の特産といえば、鉱石か、毛皮か……あるいは魔獣の素材か。だが、どれも王都への販路がなければ意味がない」
「いいえ、クラウス様。王都が『売ってくれ』と頭を下げに来るような圧倒的な『食』を作ればいいんです」
私が自信満々に言うと、会議室の隅にいた料理長ガストンが口を開いた。
「エリーナ様のおっしゃることは分かりますが、北の食材はクセが強すぎます。特に魔獣肉は……」
彼は渋い顔をした。
「例えば、この『ロック・リザード』の干し肉。保存食として騎士団でも使いますが、岩のように硬く、泥臭さが抜けません。王都の貴族が喜ぶような代物では……」
ガストンが差し出したのは、カチカチに乾燥した赤黒い肉の塊だった。
北の山岳地帯に住む、鱗の硬いトカゲの魔物だ。
私はその干し肉を受け取り、じっと見つめる。
(……ああ、なるほど。瘴気を吸って育ってるから、肉質が硬化して臭みが出てるのね。でも、旨味の元は凝縮されてる)
「ガストンさん。これ、ただの『干し肉』だからダメなんです。調理法を変えましょう」
「と、おっしゃいますと?」
「まずは、この『厄介なクセ』を取り除きますね」
私は干し肉の山に手をかざした。
「【軟化】&【瘴気分解】!」
シュワァァッ……!
光が干し肉を包み込むと、みるみるうちに変化が起きた。カチカチだった肉質がふっくらと柔らかさを取り戻し、表面から黒ずんだ瘴気が霧となって消えていく。
後に残ったのは、臭みが消え、美しいルビー色をした極上の「生ハム」のような肉だった。
「なっ……!?」
「色が変わったぞ!?」
騎士たちが驚く中、私はそれを薄くスライスし、軽く炙ってクラウス様の前に差し出した。
「どうぞ、味見を」
「……うむ」
クラウス様がまだ半信半疑のまま、その一切れを口に運んだ。
そして、目を大きく見開いた。
「…………っ!!」
噛んだ瞬間、凝縮されていた旨味が口の中で爆発したのだ。
硬い繊維はホロリと解け、上質な脂の甘みが舌の上でとろける。泥臭さなど微塵もない。
「……嘘だろ。これが、あの岩トカゲだと? 王都の最高級和牛……いや、それ以上だ!」
クラウス様が絶賛すると、ガストンや騎士たちも慌てて試食し、全員が言葉を失った。
「こ、これを……どうするんですか、エリーナ様」
ガストンがゴクリと喉を鳴らす。
私はニヤリと笑い、マジックバッグから空のブリキ缶を取り出した。
「決まってます。『缶詰』にするんです」
「かんづめ?」
「はい。この極上のお肉を、特製のオイルに漬け込んで、密封・加熱殺菌します。そうすれば、常温で何年も保存が可能です」
これは私の前世の知識「オイルサーディン」や「コンフィ」の応用だ。
【生活魔法】には、【密封】や【加熱殺菌】という便利な魔法もある。
「王都が食料を止めた? 結構じゃないですか」
私は自信満々に宣言した。
「こっちは、王都の貴族が金貨を積んでも買いたがる『魔獣肉の高級缶詰』を開発して、逆にこっちから経済戦争を仕掛けてやりましょう!」
王都の狙いは「兵糧攻め」。
ならば、こちらは「美食攻め」だ。
北のグルメ革命が、今まさに始まろうとしていた。




