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第21話 氷の城からの招待状

 収穫祭の熱狂から数日が過ぎたある日。


 『食堂 陽だまり亭』の前に、場違いなほど豪華な馬車が止まった。

 漆黒の塗装に銀の縁取り。扉にはヴィンターヴァルト家の紋章である「氷狼と剣」が刻まれている。その威圧感に、道行く人々が足を止め、遠巻きに見守る中、馬車から降りてきたのは――。


「……迎えに来たぞ、エリーナ」


 正装に身を包んだ、クラウス様だった。

 いつもの騎士服ではない。上質なベルベットのコートを羽織り、貴族としての気品を漂わせている。その姿は息を呑むほど美しかった。


「く、クラウス様? どうされたんですか、その格好」


 私がエプロン姿でおたまを持ったまま出て行くと、彼は少し気まずそうに視線を逸らした。


「約束しただろう。『今度、俺の城に来てほしい』と」


「えっ、あれ本気だったんですか?」


 昨日の夜、閉店間際に彼がボソッと言っていたのを思い出す。てっきり「いつか」という社交辞令だと思っていたのだけれど。


「本気だ。……というか、限界なんだ」


「限界?」


「城の食事が、だ。……お前の料理を知ってしまったせいで屋敷のシェフが作る食事が、再び砂の味に戻ってしまった」


 彼は深刻な顔で溜息をついた。

 どうやら私の料理で一時的に呪いが緩和されていたものの、他の料理ではまだ味がしないらしい。むしろ、美味しい味を知ってしまった分、以前よりも「砂の味」が苦痛になっているようだ。


「それに、うちの執事たちがうるさくてな。『閣下が毎日通い詰めている店とは何事か』『その女主人を連れてこい』と……」


「ああ、なるほど。品定めですね?」


 辺境伯ともあろうお方が路地裏の定食屋に入れあげている。

 家臣たちからすれば心配の種だろう。


 私は覚悟を決めて頷いた。


「わかりました。行きましょう、氷の城へ」


 私は店を「本日休業」にし、急いで身支度を整えて馬車に乗り込んだ。


 ***


 馬車に揺られること三十分。

 窓の外に見えてきたのは、切り立った崖の上にそびえ立つ、壮麗にして冷厳な巨城だった。


 ヴィンターヴァルト城。

 外壁は氷のように青白い石で築かれ、高い塔が空を刺すように伸びている。美しいけれど、どこか人を寄せ付けない「孤独」を感じさせる城だ。


(クラウス様は、ずっとここで一人だったのね……)


 隣に座る彼の横顔を見て、私は胸が痛んだ。

 馬車が重厚な門をくぐり、エントランスに到着すると、そこにはズラリと並んだ使用人たちの姿があった。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 一斉に頭を下げるメイドや従僕たち。

 その先頭に白髪をオールバックにし、モノクルをかけた初老の男性が立っていた。

 背筋は定規のように真っ直ぐで隙がない。彼が噂の「うるさい執事」だろうか。


「……戻ったぞ、セバスチャン」


 クラウス様が私をエスコートして降りると、その執事――セバスチャンの鋭い眼光が眼鏡の奥から私を射抜いた。


「ご機嫌麗しゅうございます、旦那様。……して、そちらの小娘……失礼、お嬢さんが?」


「ああ。彼女がエリーナだ。俺の……その、恩人だ」


 クラウス様が私を紹介すると、セバスチャンは値踏みをするように私を上から下までジロリと見た。

 その目は明らかに「どこの馬の骨とも知れぬ平民が、我が主を誑かしたのか」と言っていた。


(うわぁ、歓迎されてないなぁ)


 けれど、ここで怯んではいられない。

 私は背筋を伸ばし、精一杯の礼儀作法でカーテシーをした。


「初めまして。エリーナ・フォレスターと申します。この度はご招待いただき、光栄です」


 私の挨拶にセバスチャンの眉がピクリと動いた。礼儀作法に隙がないことに驚いたようだ。

 彼は咳払いを一つすると、慇懃無礼な口調で言った。


「……丁寧なご挨拶、恐れ入ります。私は筆頭執事のセバスチャンでございます。さて、旦那様がそこまで執心される『料理』の腕前、そしてその『魔法』……我がヴィンターヴァルト家の厨房にて、証明していただきましょうか」


 どうやら、ただの招待ではないらしい。 


 これは「試験」だ。

 私がクラウス様の隣に立つ資格があるのかどうか、この城の主である彼らに認めさせなければならないようだ。


「望むところです」


 私はニッコリと笑って返した。

 厨房と名のつく場所で、私が負けるはずがないもの。

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