第13話 偽聖女の焦り、本物の輝き
一方その頃。ノースガルドで一番値が張る高級宿の一室。
ガシャァァンッ!!
陶器が砕け散る音が響き渡った。
「まっずい!! なによこれ、泥水じゃないの!?」
聖女ミリアは、運ばれてきた夕食のスープ皿を床に叩きつけていた。飛び散ったスープが高級絨毯を汚すが、彼女はお構いなしだ。
「申し訳ございません、ミリア様! すぐにシェフに作り直させますので……!」
青ざめた給仕がペコペコと頭を下げるが、ミリアの怒りは収まらない。
「いらないわよ! どいつもこいつも無能ばっかり! 肉は硬いし、野菜は青臭いし……あの地味女の店の方が、よっぽど美味しそうな匂いがしてたじゃない!」
ミリアはギリギリと爪を噛んだ。
屈辱だった。
自分という「本物の聖女」を差し置いて、魔力なしの「偽物」であるエリーナが、あんなイケメンの辺境伯に守られ、ちやほやされているなんて。
あの店で嗅いだ、食欲をそそる香り。
活気あふれる騎士たちの笑顔。
そのすべてがミリアの神経を逆撫でする。
「ねえ、アレクセイ様ぁ。あいつムカつく。なんとかならないのぉ?」
ソファにふんぞり返り、不機嫌そうにワインを煽っていた王太子アレクセイもまた怒りに震えていた。
「……ああ、全くだ。あのヴィンターヴァルトめ。たかが北の番犬風情が、王族である私に恥をかかせおって」
アレクセイはグラスを握りつぶさんばかりに力を込めた。武力で挑めば負ける。それは先日の対峙で骨の髄まで理解らされた。
だが、権力と「民衆の支持」ならばどうだ?
「ミリア。お前は『聖女』だ。その光魔法の輝きだけは、誰にも真似できん」
「え? まあ、そうだけどぉ。攻撃魔法使えるし、キラキラしてるし?」
「近々、この街で大規模な『収穫祭』が行われるらしい。そこで、お前の力を民衆に見せつけるのだ」
アレクセイは歪んだ笑みを浮かべた。
「祭りのメインイベントで、お前がド派手な『祝福の儀』を行う。そうすれば、田舎の愚民どもはありがたがって、お前を崇めるだろう。……そうなればこっちのものだ」
「なるほどぉ! 私が女神様になって、エリーナの店なんて誰も行かないようにしちゃうってこと?」
「そうだ。民衆の支持を背景に、あの店を『衛生的に問題がある』とでも難癖をつけて潰してやればいい」
二人は顔を見合わせ下卑た笑い声を上げた。
自分たちがこれからやろうとしていることが、この北の大地に眠る「ある重要な封印」を刺激することになるとも知らずに。
「見てなさいよ、エリーナ。あんたの居場所も、あの素敵なクラウス様も、ぜーんぶ私が奪ってあげるんだから!」
ミリアの瞳には、聖女にあるまじきドス黒い欲望が渦巻いていた。窓の外では、祭りの準備が進む街並みが広がっている。
嵐の前の静けさ。
『陽だまり亭』の平和な日常に最大の危機が迫ろうとしていた。




