第12話 甘党騎士団長の独占欲
王太子撃退事件から一夜明け、『食堂 陽だまり亭』はかつてないほどの賑わいを見せていた。
「お姉さーん! こっち『スタミナ焼肉丼』3つね!」
「俺はシャツの修復をお願いしたいんだが!」
「噂の『女神の店』はここか!?」
元々の常連だった騎士団員に加え、街の冒険者や商人たちまでもが押し寄せたのだ。
理由は二つ。
一つは、私の【生活魔法】によるサービス(即席クリーニングや武具のプチ修復)が便利すぎると評判になったこと。
もう一つは、「あの傲慢な王太子を追い返した最強の店主がいる」という尾ひれがついた噂が広まったことだ。
「はいはーい! 順番にお伺いしますから、押さないでくださいね!」
私は厨房とホールを分身しそうな勢いで駆け回っていた。嬉しい悲鳴だが、さすがに体が悲鳴を上げそうだ。
そんな喧騒の中、カウンターの特等席には、今日も今日とて「彼」が座っていた。
「…………」
クラウス様だ。
いつもなら黙々と食事を楽しむ彼だが、今日はなんだか様子がおかしい。
スプーンを持つ手が止まっているし、背中からどんよりとした黒いオーラが出ている。店内の気温がまた少し下がっているような気さえする。
私は接客の合間を縫って、彼の元へ水を注ぎに行った。
「クラウス様? どうされました? 今日の『とろとろ卵のデミオムライス』、お口に合いませんでしたか?」
私が覗き込むと、彼はハッとして顔を上げ、それから不満げに唇を尖らせた。
「……いや、味は最高だ。ただ……」
彼はチラリと、私の後ろで楽しそうに食事をしている若い冒険者たちのグループを見た。
「客が、増えすぎだ」
「あはは……おかげさまで大繁盛です」
「忙しそうで、俺の相手をする暇もなさそうだな」
ボソリと呟かれた言葉に、私は思わず目を瞬かせた。
えっ、それってつまり……拗ねてる?
私が他のお客さんにかかりきりなのが面白くないということだろうか。
「北の王」と恐れられる最強の辺境伯様が、構ってほしい子犬のようなことを言うなんて。
(……もう、愛おしすぎるでしょ)
私はくすりと笑い、カウンターの下から小皿を取り出した。
「そんな拗ねないでください。ちゃんと、クラウス様だけの『特別』を用意してますから」
「……特別?」
その単語に彼の瞳がピクリと反応する。
「はい。新作の『濃厚カスタードプリン』です。まだメニューには載せていません。誰よりも先に、クラウス様に食べていただきたくて」
プルプルと震える黄金色のプリン。上にはほろ苦いカラメルソースと、ホイップクリームが添えられている。
それを見た瞬間、彼のアイスブルーの瞳がパアァッと輝いた。
「俺が一番最初か」
「はい。毒見役、お願いできますか?」
「……喜んで引き受けよう」
彼は嬉々としてスプーンを差し入れた。
すくったプリンを口に運ぶと、その滑らかな舌触りと濃厚な卵の風味に、彼の表情がとろりと蕩けていく。
「……んっ。美味い」
彼は恍惚のため息をついた。
「甘くて、優しくて……温かい味がする。まるで、お前そのもののような味だ」
「ぶふっ!?」
私は危うく自分の唾でむせそうになった。
彼は真顔だ。一点の曇りもない瞳で本気でそう感想を述べている。
これが無自覚だというのだから恐ろしい。
「ク、クラウス様……そういうことは、もっとサラッと言わないでください。心臓に悪いです」
「む? 事実を言っただけだが」
彼は不思議そうに首をかしげ、また一口、プリンを頬張った。カチャン、とスプーンが皿に当たる音がやけに大きく響く。
私の顔は、きっと完熟トマトみたいに赤くなっているに違いない。
この賑やかな店内で、このカウンターの一角だけ、甘くてむず痒い空気が流れていた。




