1.焦夏
時は流れ、私はまた、この場所に戻ってきた。何度も空想しては、何度も帰ろうとしては、それを許す暇などなかった私が、それでも刻々と、永遠と繰り返し思い返していた、あの灯台の砂浜。果たさなくてはならない約束を、今度こそ果たすため、私はこの場所に帰ってきた。
『貴方は優秀ですから、きっとここに帰ってくる暇などないでしょう。』
『それでも私は、いつまでもここで待っています。』
『何年経とうが。命が果てようが。』
私は未だ、私を許してなどいない。かつての約束を、時間を理由に果たそうとしない男など、もはや価値に値しない。皆は私を優秀などというが、私は一人の約束を長く果たすことができない、情けない人間だ。私は時の流れに身を任せ、時が経てば、いつか果たすことができるだろうと、そんな安直な考えを、若くに持ち続けてしまっていた。
蝉の鳴き声。そのけたたましい音には若干の不快感がありつつも、夏の訪れを想起する。その音の響き始めに、私はあの夏の約束を何度も思い出すのだ。
今年は帰れるだろうか。今度こそ、あの場所へ帰れるだろうか。
けれど私は、その願いを叶えようとせず、その時を待つだけの空虚な人間へなり下がっていた。あの日あの時、私の心を奮い立たせていればと、私は後悔する。その繰り返し。気づけば、あの約束から数十年経とうとしていた。
『私には、予感がある。』
『きっと、貴方がこの言葉を思い出すときに、貴方は帰ってくる。』
『どうしてか、そんな気がするの。』
『本当に...どうしてでしょうね。』
ある時。ようやくその言葉を思い出した。どうしてそれを思い出したかは分からない。けれど私の脳が、ふと、その記憶を浮かび上がらせたのだ。それはどうしてだか、妙な力があり、気づけば私は、その記憶の言葉のまま、ようやくあの場所へと帰ってきたのだ。
あの砂浜は、不思議なもので、その姿を当時のまま残していた。タイムスリップしているのだろうかと、そんなことを思ってしまうほど、あの頃のまま。
私は砂浜に腰掛ける。ゆったりとした波音が、私の耳に透き通る。
『時は流れても、この場所は永遠に残り続ける。』
『そういう場所だから、私は貴方に約束できる。』
『だから...きっとまた、会える。』
『その時には、私は貴方の隣にいるでしょうね。』
『きっと。』
ああ。私にも、そんな予感があるよ。
どうしてか、そう思える。
それは愛故の信頼なのだろうか。
分からない。けど、予感がある。
多分、それは彼女が、想い人だから...なのだろう。
ああ。なんて愛しく、美しい。
残り続けたあの夏を、私はきっと愛している。
『愛は、残る。』
『あなたが思う以上に。』
『だから、私は、この夏を愛します。』
『貴方と、ここで。』
ふと、私はその手を差し出す。
数年分の熱を帯びたその手を、砂浜に。
伸ばした先に、きっと貴方はやってくる。
穏やかな風が、きっと彼女を連れてくる。
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