第6話 潜入!王宮パーティーと謎の助け舟
『お姉様の“アレ”なら、きっと笑顔になると思うのよね!』
リリアン王女殿下の、いたずらっぽい笑顔が目に浮かぶ。 “アレ”って一体なんなのよ!?あたしの炎上芸のこと!?それとも、ポンコツマギフォンでカクカク動画をアップしてる奇行のこと!?
でも、今のあたしに断る選択肢なんてない。お父様のSNS規制法案が貴族院に提出されるのは、もう明日か明後日。残された時間は、ほとんどないんだから!
王宮の一室で、リリとこっそり作戦会議(という名のお喋り)。
「お兄様ね、エマリアお姉様の炎上を見て、最初は『なんてことを!』って怒ってたんだけど、最近はなんだか……元気がないっていうか、むしろションボリしちゃってるの」
「えっ、わたくしのせいで……?」
「ううん、違うの!たぶん、お姉様のあのハチャメチャなSNSが、本当はちょっと羨ましかったんじゃないかなぁって。お兄様も、本当はもっと自由に発信したいことがあるんだと思う。だから、お姉様がパーティーで何か“楽しいこと”をすれば、きっと刺激になるはずよ!」
リリはキラキラした目で言うけど、それってつまり、あたしがピエロになれってことじゃない!?
結局、リリに押し切られる形で、あたしは「若手貴族親睦パーティー」への潜入を決意した。リリがどこからか調達してきた、あたしの趣味とはちょっと違うけど、顔を隠すのに丁度いいヴェール付きのドレスと、偽名の招待状を握りしめて。
パーティー当日。お父様の厳しい監視の目を盗んで屋敷を抜け出すのは、スパイ映画さながらのドキドキ感だったわ(実際は、ミロが手配してくれたおんぼろカボチャ型魔動馬車で、使用人の目を誤魔化しただけだけど)。
王宮のパーティー会場は、シャンデリアがきらめき、美しい音楽が流れ、着飾った若手貴族たちが、見せかけの笑顔で談笑している。……うわぁ、絵に描いたような社交界。息が詰まりそう。
そして、やっぱりいたわ。ソフィア・ヴァレンティア様。
純白のドレスに身を包み、まるで輝く月の女神みたい。彼女の周りには、当然のように人だかりができていて、その中心で優雅に微笑んでいる。チラリとこちらに視線を向け、あたし(の変装)に気づいたのか、ふっと意味深な笑みを浮かべた。……なんなのよ、あの余裕!
ハインリヒ王太子殿下も、会場の隅の方にいた。でも、リリの言う通り、なんだか元気がない。無理して笑っているのが、遠目にも分かる。
(よし、こうなったらやるしかないわね!)
あたしはポンコツマギフォンを取り出し、こっそりライブ配信の準備を始めた。画質は最低、音声はブツブツだけど、やらないよりマシ!
『#炎上令嬢ゲリラライブ #王宮パーティーに殴り込み #SNSの自由をこの手に(小声)』
バッテリー残量が半分しかないのが不安だけど、今はそれどころじゃない!
意を決して、会場の中央、ちょっとした段差のあるステージ(というかただの飾り台)に、ヒョイと飛び乗った。
ざわめきが、一瞬シンと静まり返る。
よし、注目は集まったわ!
「ごほんっ!若手貴族の皆様、並びに、そこにいらっしゃるかもしれない王太子殿下!本日はわたくし、エマリア・フォン・ヴィルトが、皆様に真実の愛……ではなく、SNSの素晴らしさについて、魂の叫びをお届けに参りましたわ!」
マイクもないから、地声で張り上げる。
ポンコツマギフォンは、あたしの顔をドアップで捉えている(はずだけど、画面はやっぱりザラザラ)。
最初はポカンとしていた聴衆も、あたしのあまりに突飛な行動に、次第にクスクスと笑い始めた。いいわ、笑いたければ笑うがいい!あたしは続ける!
「皆さーん!SNSは好きですかー!?……あたしは大好きでーす!でもでもー!今、そのSNSが、王都から消え去ろうとしているのです!それはまるで、ケーキからイチゴを取り上げるようなもの!クリームのないシュークリーム!魔力のないマギフォンと同じですわ!」
熱弁を振るうあたし。ライブ配信のコメント欄には『誰か通訳を!』『心霊映像かと思った』『エマリア様、ついに壊れたかwww』なんて、まあ予想通りの反応。でも、気にしない!
「SNSは、身分も立場も関係なく、誰もが自由に想いを発信できる、素晴らしい広場のはず!それを、一部の古い考えの大人たちが、自分たちの都合で奪おうとしているなんて、許せますかー!?」
その時だった。
「ヴィルト侯爵令嬢!何たる醜態を晒しているのだ!いますぐそこから降りなさい!」
甲高い声と共に、保守派の筆頭、マルチーズ侯爵夫人が、顔を真っ赤にしてずんずん近づいてくる。まずい、見つかった!
会場が再び騒然となり、あたしが「ええい、ままよ!」とさらに何か叫ぼうとした瞬間。
「まぁまぁ、奥様。そう熱くならずに」
すっと間に入ったのは、細身の眼鏡をかけた、知的な雰囲気の青年だった。彼は、マルチーズ侯爵夫人の剣幕を柳に風と受け流し、穏やかな声で言った。
「彼女の主張には、少々……いえ、かなり突飛な点も見受けられますが、ご自分の意見を表明しようとする、その勇気は評価に値するのではないでしょうか?表現の自由は、誰にでも保障されるべきですからな」
え……?だ、誰?このイケメン(しかも頭良さそう)は……?
青年は、あたしに向かって悪戯っぽく片目をつぶると、再び侯爵夫人に微笑みかけた。
「それに、このパーティーも少々退屈しておりましたので。彼女のおかげで、良いスパイスになりましたよ」
彼の巧みな話術に、侯爵夫人はぐぬぬ……と押し黙るしかない。その隙に、青年はあたしに小声で囁いた。
「エマリア・フォン・ヴィルト嬢、ですね?あなたのような方は嫌いじゃありません。……ですが、やり方が少々、いえ、かなり無鉄砲すぎますな。後で少し、お話するお時間はありますかな?」
パーティー会場をなんとか抜け出すと、ポンコツマギフォンにミロからの着信があった。
「マリィ様!あんたのゲリラライブ、一部で祭りになってるぜ!画質悪すぎて『#エマリア様の勇気(モザイク越し)』ってタグが爆誕してる!でも、効果はあったみたいだ。SNS規制反対派の若手議員、数人が『エマリア嬢の心意気に打たれた!我々も声を上げるべきだ!』って息巻いてるって情報が入ったぜ!」
ええっ!?あのグダグダ配信が、そんな効果を!?
「それと、さっきあんたに助け舟出してた男、情報局のリヒト・グレートリーだ。王宮一のキレ者で、危機管理広報の専門家でもある。……どうやら、あんたの隠れファンらしいぜ?『彼女の行動は予測不能だが、そこが面白い』とか言ってたってよ」
リヒト・グレートリー……。
さっきの知的で、ちょっと皮肉屋っぽい笑顔を思い出す。
もしかしたら、この出会いが、あたしの運命を変える……かもしれない?
ポンコツマギフォンのバッテリーは、もうほとんど残っていない。
でも、あたしの心の中の希望の炎は、さっきよりも少しだけ、明るく燃え始めた気がした。
一方その頃、ソフィア・ヴァレンティアは、パーティー会場の喧騒を冷ややかに見つめながら、小さな声で呟いていた。
「……愚かな方。あんな無計画な行動で、何かが変わるとでもお思いなのかしら」
リリアン王女は……といえば、兄であるハインリヒ王太子が、エマリアの騒動を遠巻きに見ながら、久しぶりに小さく笑みを浮かべていたのを見て、満足そうに頷いていたらしい。
さあ、エマリア!謎の官僚リヒトとの出会いは、吉と出るか凶と出るか!?
そして、ちょっぴり動いた世論は、お父様の法案を止められるのか!?
物語は、さらに予測不能な方向へ転がり始める!