第29話 私の物語は、最高の「いいね!」と共に
あの「黒蝶の夜会」での激闘から、半年。
王都には、すっかり穏やかで心地よい風が吹いている。
「エマリア室長、こちらが王太子殿下の新しいSNS企画、『#教えてハインリヒ殿下』に寄せられた質問リストです。……すごい数ですね」
「ありがとう、マリア。ふふ、嬉しい悲鳴ですわね!」
「王室デジタルコミュニケーション室」の初代室長なんていう、なんだかすごそうな肩書を賜った私の毎日は、とても忙しくて、でも、驚くほどに充実していた。
かつて私の監視役だった侍女のマリアも、今では私の右腕として、テキパキと仕事をこなしてくれている。
窓の外に広がる王都の街並みを見ながら、私はふと、この半年の出来事を思い出していた。
アルバート公爵やセドリック子爵を操っていた国際的な闇ギルドは、リヒト様率いる情報局と、ミロの天才的なハッキング技術、そして国際社会との連携によって、その王都支部が壊滅。王都のSNSは、本当の意味での安全と自由を取り戻した。
私の左手の薬指には、王太子殿下から贈られた、小さな青い宝石の指輪がキラリと光っている。私たちの婚約は正式に発表され、王都中から、それこそ天の川みたいな数の祝福メッセージが寄せられた。
もちろん、父であるヴィルト侯爵も、今では一番の応援団だ。「我が娘ながら、見事な手腕だ!」なんて、最近ではSNSの勉強まで始めたらしいわ。
ピコン♪
マギフォンに、親友からのメッセージが届いた。
『エマリア様、わたくし、やりましたわ!国際音楽コンクールで、グランプリを頂きました!』
添付された写真には、美しいドレス姿で、誇らしげにトロフィーを掲げるソフィア様の姿が。
『これも、あなたという最高のライバルがいてくれたおかげですわ。完璧なだけではない、自分の心を奏でる勇気を、あなたが教えてくれましたの』
私は、自分のことのように嬉しくて、すぐに『ソフィア様、おめでとうございます!祝賀会は、あのカフェの新作パンケーキで決まりですわね!#親友しか勝たん』と返信した。
彼女との友情は、これからもずっと、私の宝物だ。
執務室のドアが、コンコン、とノックされる。
「エマリア嬢、少し時間はあるかな?」
入ってきたのは、リヒト様だった。彼は、以前よりも少しだけ、表情が柔らかくなった気がする。
「例の闇ギルドの残党、完全に掃討が完了した。君のおかげで、多くの情報犯罪を未然に防ぐことができた。……感謝する」
「いいえ、リヒト様こそ。あなたの支えがなければ、私はとっくに燃え尽きておりましたわ」
「君なら、殿下の隣で、立派な妃になるだろう。……君のその光が、道を照らし続ける限りはな」
そう言って微笑む彼の瞳は、まるで全てを見守る兄のように、どこまでも優しかった。
そんな彼に、私はいたずらっぽく尋ねてみた。
「ところでリヒト様、あなたの“公私問わず”の相談、まだ受け付けておりますのよ?」
リヒト様は一瞬目を見開いて、それから「君には敵わんな」と、本当に楽しそうに笑った。
その日の午後。
私は、王宮のテラスで、ハインリヒ殿下と二人きりで、穏やかなティータイムを過ごしていた。
殿下の公式SNSチャンネル『#王太子、城下町へ行く』は、今や国民的な人気番組。画面越しではない、殿下の誠実で温かいお人柄は、多くの国民の心を掴んでいた。
「まさか、あの最初の炎上が、こんな未来に繋がるなんて……人生、何が起こるか分かりませんわね」
私が感慨深く呟くと、殿下は私の手を優しく握りしめた。
「君のあの炎は、偽りや陰謀の闇を照らす、勇気の光だったんだよ、エマリア。私の、そしてこの国の未来を、君が照らしてくれたんだ」
その言葉が、嬉しくて、くすぐったくて。
私は、最新型マギフォンを取り出し、カメラを起動した。
王太子殿下の隣で、満面の笑みで、パシャリ。
王室の公式アカウントと、そして、私の個人的なアカウント(かつての、愛すべき裏アカよ!)に、私は一枚の写真を投稿した。
それは、これまで支えてくれた全ての人々への感謝の言葉と、今日のこの幸せな瞬間の写真。
そして、私は、最後の言葉を打ち込んだ。
『たくさんの失敗と、ちょっぴりの炎上と、数えきれないほどの「いいね!」。私の物語は、最高にハッピーで、これからもずっと、輝き続けることを誓いますわ!』
最後に、心を込めて、三つのハッシュタグを添える。
#ありがとう私の物語
#これからもよろしくね
#愛をこめて
投稿した瞬間、世界中から、祝福の「いいね!」が、まるで春の陽光のように、キラキラと降り注いできた。
その温かい光に包まれながら、私は、愛する人の隣で、心の底から幸せな笑顔を浮かべるのだった。
――The End.




